目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第71話

「ソーは料理もするのね。」


「特別な腕は持っていませんけどね。」


これは自ら得た知識というよりも、祖父に教わったものである。


二人暮しが長かったため、交代で食事の準備をしていた経験によるものだ。


だから大した腕前ではない。ただ、祖父はスーパーなどで売っている出来合いの惣菜やレトルト食品が嫌いだったため、いろいろと学べたといえるだろう。


「おふたりとも好き嫌いとか苦手な食べものはないですか?」


「私は特にないわ。」


エフィルロスはそう言った。


「私は···獣臭いのが苦手です。それと、干しタラもそうかな。」


ビジェは躊躇いつつもそう言う。


「ビジェは、干物なんかより新鮮な魚が食べられる環境で育ったからそうなのよ。」


「確かにそうかもしれない。でも、この辺りの料理は野菜も素材の味があまりしないから。」


ふむ、だったら干しタラは使わないことにしよう。


エルフはベジタリアンやヴィーガンというわけではなさそうだ。


「牛乳は大丈夫ですか?」


「ええ、問題ありません。」


「干しタラは入れずに牛乳を入れてまろやかにします。あとはそら豆とパセリ、それに冷凍していないキノコも適度な大きさに切って入れますね。」


ビジェは瞳をキラキラとさせていた。


最初はただの食いしん坊なのかと思っていたが、もしかするとこの辺りの料理に馴染めず辟易していたのかもしれない。素材の風味を生かしたものが好きなのだろう。


日本人が海外で長期滞在したときに思う「米が食いたい」「醤油や味噌が恋しい」といった感情に近い気がした。


卵の殻を念入りに洗ってから容器に割り入れる。


日本では必要なさそうな手順だが、万一サルモネラ菌が手に移ったりすると面倒かもしれないので省略するわけにはいかなかった。


卵を泡立てないようにほぐし、卵白のコシを切る。


箸がないので木製のフォークで代用という難度の高いことをしなければならない。そこに人肌程度に冷ました出汁を卵1:出汁3の割合で入れ、塩と牛乳を適量振かけてゆっくりと混ぜ合わせた。


ここでこの茶碗蒸しの素を濾したいところだが、ムーランやシノワといった濾し器はおろか、ザルもないためフォークで塊になっている白身をよける。加えて、表面の泡もスプーンでとっておいた。


茶碗蒸しの容器代わりに陶器製のサラダボウルにそら豆やパセリ、キノコを入れる。そこに素となる液を泡立たないようにゆっくりと流し込み、フタがわりに皿をのせておいた。


先ほど火を入れてもらった寸銅鍋で蒸すのだが、鍋のフタから湯滴が直接かからないように木製のフォークをかませておく。これで10分も蒸せばできるだろう。


しかし、蒸し器がないのに茶碗蒸しを作るとなると苦労する。竹があればセイロが作れるが、残念ながらこの辺りには生えていない。前世でもヨーロッパや北アメリカでは見られなかったので無理というものだろう。


今回のように深皿やお椀の様なものを鍋底に入れると、調理することは可能ではあるのでそうすればいい。


蒸している間に網でキノコを焼くことにする。


大きなマッシュルームの様なキノコなので、傘を下にして焦げない位置に置いて焼き始めた。


少し形は違うが、ポルトベロマッシュルームではないかと思う。日本でマッシュルームというと大半がボタンマッシュルームという品種である。ポルトベロマッシュルームは、マッシュルームの中でも古い品種で大きくて肉のような食感を持つキノコである。


しばらくして傘の部分に水分が滲み出てきたので、軽く塩で味つけをした。やがて傘に水分がたまったのを見計らい、慎重に皿へと移す。




「味は保証しませんができました。」


そうふたりに告げた。


席へと移動して、宴会前の軽い食事を開始する。


「キノコって焼くとこんなにおいしいのね。食感と香りだけのものかと思っていたわ。」


エフィルロスの感想でビジェの言葉の意味がよく理解できた。


キノコは煮込むと旨味が流れ出す。


素材の旨味がなくなってしまうため、本来の醍醐味を味わえないということだろう。


エルフは自然と調和するというが、食材に関しても個々の恵として味わうものといったところなのだろうか。


「この茶碗蒸しもキノコの味わいがしっかりと出ていますね。卵の臭みもあまり感じませんし、おいしいです。」


「ありがとうございます。」


本来ならカツオや昆布からとった出汁の方が旨味が強いのだが、ないものねだりはできなかった。


海辺の方で暮らすことがあるなら、カツオはともかく小魚や昆布を干物や乾物にするのも良いかもしれない。


因みに、干物と乾物は同じようで別物である。干物は魚介類、乾物は海藻や野菜を乾燥させたものである。また、干しタラが食材として多く用いられているのは、脂身が少なく長期保存ができるからだ。しっかりと塩漬けして干物にされた干しタラは5年以上もつという。中世ヨーロッパでも干しタラはストックフィッシュと呼ばれて幅広い層に食べられていた。大航海時代には、赤道直下の暑さにも耐えられる保存食だったことでも有名だ。


しかし、こちらでの食事情を考えると、出汁として使える干物や乾物は是が非でも手に入れたいものである。しかし、前世でも保存食ではなく出汁のために干物や乾物を加工したのは、日本や中国くらいしか思い浮かばない。


ハーブやスパイスは手に入るだろうが、出汁のための加工品は自分で作るしかないのではないかと思えた。




コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?