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第70話

白銀の髪に薄桃色の瞳をしたエルフ。


透き通るような白い肌。


整った顔立ちにあどけなさが残り、どこか白兎を連想させた。


「ビジェ、この人がソーよ。」


「初めまして。ビジェとお呼びください。」


無表情で淡々とした物言いである。


外見とはまるで違う無機質な印象だと感じた。


「こちらこそ、よろしくお願いします。」


何をよろしくかはわからないが、とりあえずそう答えておく。


エルフにも様々な種族がいる。


一般的なエルフのイメージは、森を本拠とするフォレストエルフのものである。ダークエルフは亜熱帯に住み、アイスエルフは寒冷地というのがこちらの常識のようだ。砂漠にはデザートエルフという種族もおり、実のところどれくらいの種族がいるのかわからないらしい。


アヴェーヌ家にいた頃はエルフやドワーフはなかなか接触することができない種族だと思っていたが、こちらでは逆に人族の方が少なかったりする。帝国と国交がなかったのだから、人の行き来がないのはあたりまえだといえるだろう。


それでも文献などには曖昧であるが表記されていることがあり、その中からエルフにも種族によって容姿に差があることなどを学んでいた。


「ところで、何をしていたの?」


この家のリビングとキッチンは続き間である。


今いる位置から調理台に並んでいるキノコなどの食材は丸見えだった。


「空腹で飲酒は避けたいので、軽く食事を作ろうとしていました。」


そう答えながらも、ビジェの視線が気になった。


彼女は調理台の上を凝視していたのだ。


「どうかされましたか?」


「いえ、何を作ろうとされていたのですか?」


「大したものは作れません。蒸し物とキノコの網焼きでもと。」


「ちょうどいいわ。私たちも昼食がまだだったから、一緒にいただいてもいい?」


エフィルロスが会話に入ってきた。


「もちろんです。ただ、私では火を扱うことができなくて···」


そこで初めて気づいたかのように、ふたりが魔道具に目をやった。


「ああ、そうか。ソーは魔法が使えなかったわね。」


「料理はしますので、火をつけていただけませんか?」


「ええ、問題ないわ。」




キノコで出汁をとりたかったのだが、生のキノコだと焼いて出すしかなさそうだった。


干したキノコなら水に入れて一晩置いておくのが良いのだが、ここにあるのは生キノコだけである。


干すことでグアニル酸が出て旨味が増すのだが、生だとグルタミン酸のみしかない。冷凍できるなら干すのと同じ効果を生めるが、今回はそれもできないのでそのまま使うしか···


「もしかして、物を凍らせたりできますか?」


魔法が使えるなら可能じゃないかと思ったのだ。


すぐにビジェが手を挙げた。


「できます。」


先ほどまで無表情で抑揚のない声だったのに、心なしか明るい表情と声に張りが出ている気がする。


もしかして、かなりお腹がすいているのだろうか。


初対面の上にとっつきにくさを感じていたため、コミユニケーションをとるにはよい機会かもしれない。


「では、キノコを凍らせていただけますか?」


「わかりました。」


「キノコを凍らせてどうするのよ?」


ビジェは素直に頷いたが、エフィルロスは理解できないといった感じだ。


「キノコを凍らせると美味しくなる。」


「そうなの?」


意外にも、ビジェは凍らせる意味を理解していた。


「干すのと同じ効果がでる。私たちの故郷では、干すよりも凍らせるのが一般的。」


なるほど。


アイスエルフが居住する地域は寒冷地や極寒地である。年中日照時間が短く、夏季の期間も限られているため食物の保管技術としての知恵があるのだろう。加えて凍結させる魔法が使えるとなると、生活する上での知識として備わっているのがあたりまえだと考えられた。


しばらく置いてから解凍してもらう。


魔法による凍結は解凍後に水で戻した干しキノコのようになり、料理に使うには最適な状態となっていた。


半分は余計な水分を布巾で拭き、少しの間乾かすために置いておく。


残りの半分は調理用のナイフで薄切りにした。


小鍋に切ったキノコを入れて火をつけてもらう。中火で沸騰したら弱火にして15分ほど煮出し、火を止めて5分ほどおく。布巾を使ってこし、冷ますことにした。


「何を作っているのですか?」


ビジェがわくわくした顔で聞いてきた。新しいおもちゃを見つけた子供のような目をしている。


「茶碗蒸しです。」


「茶碗蒸し?」


ビジェもエフィルロスも首を傾げていた。わからなくて当然だろう。


「キノコの卵蒸しといった方がわかりやすいですね。」


「蒸しって何?煮るのじゃないの?」


蒸し料理というのはヨーロッパにはあまりない調理法である。実際にはフランスなどでヴァプールと呼ばれる蒸し料理があったりするのだが、日本では蒸し煮と呼ばれる手法でセイロや蒸し器を使ったものではない。


こちらの地域も煮るような調理法がスタンダードとされている。ゆでるのではなく、少量の水と食材を火にかけて加熱するというものだ。


「蒸気で熱を加える調理法です。食材の水分を保持し、野菜などの栄養や旨味が流れ出さないようにすることができます。」


「さっき煮ていたのは別なの?」


「これは出汁に使うためです。」





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