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第68話

そこで俺はエフィルロスに相談した。


彼女も俺との婚約を前向きに進めたいとは思っていないようだったので、協力体制を築くことにしたのだ。


結果、ここで待てと言われ、この家を住居としてあてがわれたのである。


彼女には何らかの対応策があるらしく、すぐに戻ってくると言っていた。


今日の予定は、歓迎の宴という名の顔合わせに出席することのみである。その場でも望まぬアプローチが予想されるため、その時間までには策を講じるらしい。


具体的な対処法については予測がつかないが、彼女にも関係があることなので効果的な手段を用いてくれるはずだ。


因みに、施錠した玄関扉は既に何度かノックされている。エフィルロスとは訪問時の合図を打ち合わせていた。これまでに訪れた者たちに対しては、彼女とは無関係の者として居留守を使っている。


何度かガタガタとドアノブを引いて開けようとする者もいたので、軽くホラーな雰囲気を味わっていた。


帝国は王に関して世襲制にはしていない。しかし、帝国に属する各国の代表や重鎮は、人族の国と似たような王政や貴族制となっている。皇帝の血族であるエフィルロスが婚約者としてあてがわれたことに関しても、反対の意を唱える者が少なくはなかったそうだ。


俺は小さくため息をつき、気持ちを切り替えることにした。


事前に当面の食事のための食材をもらってきている。


夜には宴会があるのだが、おそらくまともに食事をとる機会はあまりないと考えられた。


前世の宴会でも、酒は勧められても食事を取る時間はなかなかもらえないことが多かった。気のおけない友人との飲み会ならともかく、ビジネスが絡む場では空腹でも飲酒と談話のみとなるケースが通例なのだ。


そういった状況では絶えず気を張っておかなければならない。昔は飲みニュケーションなどという造語があった。アルコールが入ることで饒舌となり、互いに打ち解けやすくなるための場が設けられたりしたのだ。


ビジネスもそうだが、今の状況では空腹でアルコールを摂取することは不安でしかない。


俺は特別酒に強いわけでもなく、さらに空腹時には胃から小腸へのアルコールの吸収が加速する。酔ってその場限りの口約束などしてしまうと、後でとんでもない騒動に巻き込まれてしまう恐れがあった。


ただの口約束などと侮ってはいけない。


口約束とは契約の一種なのである。例えば、日本の民法では口約束に法的効力があると定められているのだ。契約書や覚書として書面を残すのは、ビジネスとして後のトラブルを発生させないための処置だと考えなければならない。


酔って「結婚しよう」と発言してしまった場合はどうなるのか。


結婚とは違い、婚約には明確な定めはない。


しかし、婚約の根拠となるものが存在すると話は変わってしまう。


例えば、結納や婚約指輪を授受すると婚約の具体的な成立として見られることになる。また、職場や友人に結婚の意思を伝えても同様だったりする。


酔って発言したとしても、周囲にいる者たちがその事実に同意すれば、婚約したと見なされる可能性があるということだ。特にこちらの世界では前世とは法律が異なり、種族による慣例も多種多様なのである。


不用意な言動は身を滅ぼす危険があると認識しておかなければならない。


食材の中からキノコを取り、一部を手で割いていく。


岩塩を削って塩水を作り、キノコを2~3分漬け込んだ。


キノコ類は洗わずに布巾で拭くだけでいいとはいわれている。しかし、ここでは無農薬野菜と同じように虫が付いていると考えるべきだ。菌床栽培やハウス栽培ではなく、自然で採取したものは食あたりへの予防が必要になる。もちろん、衛生管理の行き届いたキノコなら水につけると風味が飛び、栄養も流れ落ちてしまうのでおすすめできない。


寸胴のような鍋があったので、そこに少し水を入れて深皿を底に置いた。


こちらの食事ははっきり言って美味しくない。


アヴェーヌ家にいた頃は、料理人がいたためかなりマシな食事が提供されたといえる。しかし、食事処や出店の料理はクセがありすぎて好きにはなれなかった。


味つけが独特なのではなく、肉や魚の臭みが強いのだ。


肉に関しては羊がメインで、他はカモや猪などのいわゆるジビエ料理だ。魚に関しても海から少し離れているため、川魚が多くやはり泥臭さを感じる。


ハーブなどで臭み消しはされているが、それが強すぎて素材の味を楽しむこともない。


日本で生まれ育つと自然に舌が肥えてしまうものである。


日本は食品衛生に対しての意識が高い。


例えば、安価で販売されている生卵を安全に食べれるのは、世界的に見てもほぼ日本だけといえた。逆にいえば日本以外では生卵はあまり食べる習慣がないのだが、独自に発展した規制により出荷前には殻を洗浄したり鮮度管理が徹底されるようになっている。


フランスでは衛生基準が築かれているため、生卵を食べる者もいるという。メレンゲなどにも用いられることが多いお国柄ということもあるのだろう。


一方、アメリカなどでは食中毒を恐れて生では食べたりしない。理由は鶏の産卵する場所と糞尿の出口が同じであることだ。当然、卵の殻には食中毒の原因となるサルモネラ菌が付着する。海外では卵の殻に触れた手から他の食材にサルモネラ菌が移り、まれに大量の食中毒者が発生するなどの事件も起きているのが実情だった。





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