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第67話

「それから、道中で起きた出来事については冒険者たちから報告を受けている。君のことは武器商人から聞いたのだが、まさかくだらない謀を企てるとはな。」


マイグリンは苦々しい顔をしていた。


「先んじてご配慮いただいたおかげで助かりました。」


「いや、君の判断や対応力を見せてもらうことができたのだ。武器商人については何らかの処置をするが、当代の賢者の実力を垣間見れて良かったかもしれん。」


「大したことはできませんでした。」


「我々にとっては予想外だよ。まさか賢者が武芸にも長けているとはな。」


「賢者が武芸を修めているのは珍しいのですか。」


マイグリンは俺の言葉を聞いて声をあげて笑った。


「賢者そのものが珍しいのだがな。しかし、我々が知っている賢者は、優れた頭脳を持つが身体能力は人族よりも劣る。」


話を聞いていると他にも賢者がいるのかもしれない。


彼の話のニュアンスでは、彼もしくは他の魔族が賢者から直接話を聞いた印象を受ける。


いや、マイグリンは俺のことを当代の賢者と言った。


「他にも賢者と呼ばれる者をご存知なのですか?」


「ここにいる者は直接は知らない。本国にいる年寄りの一部が過去に共に過ごしたことがある。当然だが、もう何十年も前に亡くなった。我々の生活基盤を近代的なものにし、様々な知恵を授けてくれた恩人だ。」


魔族、いや帝国に住まう者たちにとって賢者がどういった存在なのか知ることができた。しかし、それによってまだ知っておかなければならないことがある。


「私に要望されるのは、ダンジョンでの遺物を回収することだけですか?」


「君には長い戦争で疲弊した我が国の建て直しを手伝ってもらいたいのだ。」


「それは平和的なものと考えてもよろしいのでしょうか?」


「ああ。君が我々のことをどう考えているかはわからないが、多くの仲間が命を失うことを良しとはしていないことだけは伝えておく。それに、賢者は自らが持つ膨大な知恵を争いのために使うことを忌避しているのは知っている。」


「それを聞けて安心しました。それから、ひとつだけお願いがあります。」


「なんだろうか?」


「私のことをかつて存在した賢者のように崇めるような真似はしないでいただきたいのです。私はまだまだ研鑽が足りぬ身。賢者と呼ばれるには恐れ多い存在に過ぎませんから。」


このままでは本当に賢者として身丈にあわないことを期待されるかもしれない。


借り物の知識でそんなふうに思われるのはまずいだろう。


しかし、予想外なことにこの場にいるすべての者が声をあげて笑いだした。


「さすがは賢者だ。奢ることなく我が身を卑下するとは。かつての賢者も同じように言っていたそうだ。”自らを賢者と名乗るのは停滞でしかない。常に研鑽し続けるには、賢者ではなく探求者であらねばならん”とな。」


···墓穴を掘ったようだ。


もう勘弁して欲しい。




都市の一角にあるこじんまりとした家をあてがわれた。


料理や家事をするためのお手伝いをつけると言われたのだが、それに関しては断っている。


理由はエフィルロスとの婚約を断ったことで、ある種の身の危険を感じたからだ。


命の危険ではない。


マイグリンいわく、「エフィルロスとの婚約は賢者に群がる者を牽制するための意味もあった。」のだそうだ。


具体的には、賢者を取り込もうとするのは国だけではないということである。


賢者という存在の恩恵を得るため、血族に迎え入れて帝国内での立場を強固にしたい輩が一定数いるらしい。


その者たちは身内の女性をそれとなく近づけて既成事実を作ろうとするはずだと言っていた。


おお、ハーレムイベント勃発か!?


などと喜んではいけない。


貴族社会ではよくある話なのだが、当然そこに愛など存在するはずもなく、出世や貴族としての力を高めるための政略結婚を強いられてしまう。


それについてはエフィルロスの考えに同調できる。


彼女は寿命が異なる者との結婚など不幸を生むと語っていた。


それは結婚相手に対して互いに愛情を持つのが前提であるからこその発言である。相手を早くに亡くしてしまうことへの悲しみを持ちたくないからという想いなのだ。


政略結婚とは、互いに利益を得るための契約婚のようなものだ。そこに何らかの情は生まれても、愛へと昇華するかは別の問題なのである。


結婚に夢を抱いているわけではないが、長年連れ添うならせめて一緒に過ごしたいと思える相手を選びたかった。


マイグリンはお手伝いの希望者はそういった思考を持つ者が手を挙げるだろうと言っていた。言外にそれが嫌ならエフィルロスと婚約しろと言っているのである。


だから断ったのだ。


自分のことは自分ですると主張した。


しかし、それによって別の危惧が発生する。


お手伝いとして近寄ることができなければ、別の手段で迫ってくることも予想できるというのだ。




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