素材的にはステンレスやアルミが錆びにくく軽量でベストだが、そういった合金はまだ技術的に難しい。
少し重いが鉄を使うことにする。鉄棒の片端を輪に加工したものが1本、あとはフック状にしたものを2本用意すればいいだけだ。そこにチェーンをかけるためのS字フックを取りつければ商品になる。
他にも組み立て式のツールを紙に描いた。ひとつの柄にねじ込み式で取りつけることができるスコップや斧、ノコギリがセットになる。これは単なるアイデア商品で、元の世界ではアウトドア用品として売られているものだ。
他にもいろいろとあるが、魔法士や回復職が着るものにも防御性を備えれば需要はありそうだった。
防刃性能を備えた軽い服。
素材が問題だ。布地に鋼糸を編み込むとすると密度的に重くなりそうなので他の方法を考えてみる。鉄板を仕込むのであればプレートアーマーの方が防御力は高く、機動性はレザーアーマーに劣る。それでは生分解性プラスチックを使用すればどうか。
軽量ではあるが、やはり防御力には不安が多い。従来の防刃ベストなどにはケブラー繊維や金属の板、ポリカーボネートが使用されている。ケブラー繊維や軽量な金属、ポリカーボネートは今の技術では難しい。そう考えると、代替に生分解性プラスチックに強固な繊維質を混入させる方法が浮かび上がる。
しかし、そういった繊維は化学合成や高い技術力がないと製造は難しいのである。また、俺が作った生分解性プラスチックは、乳製品に含まれるカゼインという成分を利用している。カゼインは凝固するタンパク質で、牛乳のタンパク質の実に80%を占めているのだ。素材としては手軽で量も確保しやすいのだが、ミルク臭がほのかにするという欠点がある。嫌な匂いでは無いが、虫などがよってくると困りもので温室に使用する場合も同様の対策が必要となるだろう。
良いアイデアが浮かばないまま、眠気に負けた俺はそのままベッドに入ることにした。
翌日はスラム街の住民の力を借りるため、まとめ役のひとりである男の所に出向くことにする。
トウモロコシやチコリの栽培やそれを原料としたシロップやエタノール、コーヒーなどを量産化するためには人手が必要だ。
すぐに大量の人材を囲い込むことは難しいが、増産に向けて準備を進めなければならない。ユーグや商工会と話し合った結果、人材の確保に着手する必要があるとの結論も出ている。
既に何らかの仕事を持っている者では片手間にしか動けない。
そこで商工会で登録制にして、必要な人員を都度派遣できるような仕組みを提案したのだ。
概要は派遣会社の仕組みを取り入れている。スポンサーはアヴェーヌ家となり、商工会が斡旋する職場に適性をみて派遣する流れだ。賃金に関しては搾取しないが、福利厚生への配分は考えている。社会保険というのは難しいが、保育所や食事補助などなら何とかなりそうだと思う。
保険制度については、この国でも中世ヨーロッパにあった職業ごとのギルドで冠婚葬祭などの費用を組合員で分担し合っている仕組みと同じものがある。ただ、健康保険や年金制度というものは理解や浸透させるまでに時間がかかるだろう。病気などで働けなくなったときや死亡時の遺族への補償に関しては、規模が大きくなるなら考えてもいいかもしれない。
釣りに行った2日後に公爵や両殿下はこの地を離れられた。出発間際に公爵から封書を渡され、馬車については公爵家御用達の工房を訪れて相談するといいと言われたのだ。手渡された封書はその紹介状だった。それに加えて教会の神父も紹介されたのだが、そこでは子供たちに読み書きを教える教室や孤児院も併設しているという。
商工会には雇用する者の識字率をあげ、モラル教育を行える環境が必須だと提案している。識字率は本人たちの将来にも役立つが報告や連絡、相談といった仕事の基本を徹底する上で必要なものだ。
それと、各人の評価については現場責任者だけで行わせない。同じ立場の者や部下にあたる者にも私情や関係値に左右されない360度評価を取り入れる。360度評価の良いところは人間関係や目に見える実績だけで評価するのではなく、地道な作業や仕事に対する取り組み態度など多角的に評価できることだ。
デメリットも当然ある。近しい労働者同士が談合した場合や評価に多少のばらつきが出ることだ。しかし、談合に関しては上司や部下にまで及ぶことは少ない。それに、評価のばらつきに関してはデータとしての矛盾が出れば面談や聞き取り調査を行うことである程度は解消できるだろう。
安定して稼働することができれば、この辺りは商工会ではなくユーグの側近に担ってもらえれば問題も起こりにくい。それに360度評価を実施することは、複数の部下から上司を評価することになるためパワハラも起こりにくいということがあった。