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第44話

「庶民に余計な知恵をつけさせることは、治世の妨げになるという貴族もいる。」


力で抑え込んだり、私欲に走る貴族はそうだろう。


「無礼を承知で発言させていただきます。木を見て森を見ずという言葉がありますが、個や特定少数の利を考えればそのような意見になるかと。国家や領地単位で将来を見据えると、庶民といえど多勢の知恵は大きな波になると思います。」


「その波が国や領地を押しつぶす可能性はどうだろうか。」


「どちらに転ぶかは、その土地を治めている方次第かと思います。」


「ふむ、貴重な意見として聞いておこう。」


「私のような者の意見を聞いて下さり感謝致します。」


公爵という立場の御仁に、このような意見を真っ向から告げるのは最悪の場合は不敬罪となるだろう。


ただ、この公爵は俺の考え方を試しているのではないかと思えたのだ。ここで変に萎縮しても仕方がない。


「君は政治に興味があるのかね?」


「一庶民としての愚行です。専門家でもありませんし、実際に政治を行っている方々には私などには見えない苦労もおありでしょう。興味というよりは単なる因果推論ですよ。」


「因果推論とは?」


「不完全な情報を基に事象を推測するものです。実験も検証もない、かなり乱暴ものですが。」


そこで公爵は笑顔を見せた。


どのような目的かはわからないが、やはり試されているようだ。




釣って持ち帰ったノーザンパイクを夕食でいただいた。


初めて食べたがとても美味しい白身である。太刀魚と同じく小骨が多いのでつみれのようにしてスープや焼き物として出されたのだが、ハーブなどでほのかに味つけがされており淡白ながら上質な身を堪能することができた。川魚特有の臭みはなく、鯛のような魚と食感が近い気がする。


ラトビアでは干物として売られているし、ロシアでも定番の料理が多い。鮮度が落ちると固さや臭みが出ると事前に聞いていたので、現地でしめて血抜きはしてあった。調理をしたのは屋敷のシェフである。


俺も簡単な料理はするが、魚をさばくのは苦手だった。単に内臓を見ると食欲をなくすからである。


しかし、これだけの美味さなら専門店があっても繁盛する気もする。食いつきがいいため、公爵が言っていたように疑似餌を製品化するのもおもしろいだろう。




自室に戻り、釣りの合間に思いついたものが製品化できないかメモ書きする。


釣りの道具もそうだが、馬車で移動中に見かけた集団からヒントを得たのだ。彼らは魔物を討伐するハンターだった。この世界では魔力が存在し、その魔力を取り込んだ生物が突然変異で魔物化するのだという。


ファンタジー小説に出てくる定番の魔物はいない。この世界に存在するのは巨大化、凶暴化した熊やヘビといった自然界に存在する一般的な生物が主体なのである。


それらを討伐するハンター以外にも、盗賊や犯罪者にかけられた賞金を目当てに活動する賞金稼ぎや、戦いを生業にする傭兵たちも一般的な職業として存在する。


そういった者たちは戦闘で生計を立て、遠征のために長旅もするので野営や防御のためのツールには一定の需要があった。


キャンプ用品と同じで、荷物はコンパクトで軽量な方がいい。しかし、現在使われている物はかさばるため、現地調達が主となっているそうだ。野営道具に関しては、長距離を馬車で移動する商人などにも需要があるだろう。そういった物を製品とするのは、元の世界の知識を用いれば簡単なのである。


まずは鍋を吊り下げて火にかけるためのトライポッドをラフで描く。トライポッドは、三脚や四脚の鍋などを吊り下げる道具である。シンプルで携帯性もよく、脚が交差した頂点部からチェーンを垂らして鍋を吊り下げて使う。砂場や砂利の地面でも安定するため、長旅にあれば重宝するだろう。


鍋を焚き火にそのまま置くということが多いと聞くが、それだと料理をすくったり鍋の取り扱いに火傷の危険がともなう。製品としてはありそうだが製造されてはおらず、鉄の棒を持ち歩いて代用する者もいるらしい。しかし、重みで曲がってしまったり接点部が外れてしまって思わぬ惨事になることもある。


そこで持ち運びが簡単で組み立てやすいものがあれば良いのではないかと思ったのだ。




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