朝の挨拶を交わしながら、公爵は疑問に思ったことを聞いた。
「ソーは武芸もやるのか?」
「ええ、強いですよ。ティファが興味を持って、剣で斬りかかったら素手で圧倒されたくらいに。」
公爵は素直に驚いた。
ティファは軍には属していないが、剣術の才能は誰しもが認めるものだ。
だからこそ、婚約もせずに兄の手伝いをしている。
彼女は貴族としての生き方はできないと言い、物心が着いた頃より剣ばかり握っていた。父親としては複雑ではあったが、長女が早々に当時の王太子殿下と婚約したため、自主性を重んじたのだ。
今の貴族たちを見る限り、ティファを嫁がせてまで関係を築きたいと思う相手はいない。だから自由にさせたのだが、それはそれで良かったと思えた。
ティファは剣を高いレベルで修め、宮仕えすることなく兄ユーグの護衛としてこの土地に同行したのだが、おかげでソーという貴重な存在を留めることができたのだ。
ユーグもティファも、ソーとは出会ってから短い期間しか過ごしていないはずだ。しかし、見た限りではまるで旧知の仲といった接し方をしている。これはソーの人柄を物語っているのではないだろうか。
シャルルとシャルロットに対する応対も堂に入っている。知的ながらユーモアもまじえ、笑顔を絶やさない。しかし、距離感の取り方は絶妙だといえる。直系王族を相手に、わずかながらも物怖じやへりくだりを見せない者というのは珍しいのだ。
願わくば、この短い滞在期間に、彼と政治や経済について意見をかわしてみたいと思った。
いや、焦るのは良くないだろう。
彼には彼の事情や、やろうとしていることがあるのだ。
「それはぜひ見てみたいな。」
まずはその武芸を見させてもらおう。
「僕も見てみたいです!」
シャルルが普段の言葉づかいに戻っている。王子であり、ゆくゆくは王太子となる立場ゆえ、感情を抑えて普段は一人称を私と言っているのだが、やはり年相応の期待に胸を膨らませているのだ。
「ソーなら、ロイヤルパラディンが全員で斬りかかっても難なくいなすわ。私が認めた先生なんだから。」
ティファがシャルルの言葉を聞き、期待をさらに膨らませるようなことを言った。
なんだか知らないが、ぶっこんでくれものだ。
中庭の端でひとりで形稽古をしていたら、ティファがロイヤルパラディンを煽っているではないか。
俺を巻き込まないで欲しいのだが。
別に模擬試合をするのはいいが、ロイヤルパラディンは国を代表する騎士たちのはずだ。その彼らのプライドをズタズタにするようなことを、ティファは笑いながらやっている。
しかも、王子殿下まで目をキラキラとさせているのだ。
これは無視できなくなってしまった。
小さく息を吐き、中庭の中央を見る。
3人のロイヤルパラディンが前に進み出た。
「ルールは3対1。ソーは無手でいきましょう。」
むむ···ティファがとんでもない仕切りをしだしたぞ。しかし、そんな舐めた条件を彼らが了承するだろうか?
「王子殿下のご希望です。それに、相手はティファニー嬢が師事するお方。恥を忍んでお受けしましょう。」
これは逆にすごい人たちだと感心した。
彼らは当然高いプライドを持っている。しかし、王子殿下の希望を第一とし、空気をしっかりと読んで自分たちの感情を押し込めたのだ。
ここで断る方が彼らの誇りを傷つけることになるだろう。
「では、お相手をお願いします。」
俺は知識を吸収して展開することが生きがいだが、他のことはあまり長続きしない傾向にある。しかし、合気道だけは時間を割いてしっかりと自己研鑽を続けていた。
武道は総体的に心身を鍛え、自分と向き合う術である。そして、合気道には公式試合が存在しない。それは他者と優劣を競いあうのではなく、調和と和合を目的としているからだ。
人間の身体的特徴を科学的に解明し、力学的技術を活用する。
その目的は生涯を通じたものだ。
形稽古を繰り返し、無意識の境地で反応する。常に新しい視点を持ち、あらゆる武術や相手への対応を模索する。
そう、この武術には終わりがないのだ。
日々の鍛錬で気づきがあり、その気づきがまた新たな流れを伴う。
知識、理解、そして展開。
大袈裟ではなく、合気道には無限の可能性があるからこそ、深淵を見たいという思いが継続するのである。
「···は?」
「す···ごい···」
ロイヤルパラディンとの模擬試合は一瞬で終わった。
1人目に対して外側に入り身し、柄の間を掴んで投げる。
2人目が上段から斬りおろしてきた所を同じく柄の間を掴み、左右に降って力点にもう一方の手を添え投げ。
3人目には奪った剣を投げ、それを打ち払った瞬間に入り身して手首を掴み、もう片方の腕で顎をとらえて体勢を崩す。
入り身とは、攻撃してくる相手と結び和合することである。相手の死角へと入り、気を自分のものへと引き寄せて体勢を崩す合気道の基本の技法といえた。
投げ技に関しては呼吸投げとも呼ばれるが、特に何かを意識したわけではない。そもそも呼吸投げには定義はなく、関節を決めずに体裁きと崩しで行ったものをそう呼んだりするのである。
どちらせよ、相手には大したダメージはない。だからこそ、何が起こったのかわからないまま地面に倒されていたと感じていることだろう。