夕食を終えた後に、アヴェーヌ公爵は思考を展開していた。
孫でもある両殿下を伴って休暇に訪れたが、思わぬ人物に遭遇したのである。
本人的には肯定をしなかった。いや、厳密にはできないのかもしれない。
彼ら一族の起源といえるシャーナは、かなり以前に滅んでいる。しかし、その生き残りの血を受け継ぐ者だという可能性はきわめて高いと思われた。
幅広い知識に技術や産業を数十年、いや数百年は加速しかねない発想力。人間性を見てもあの好き嫌いの激しいティファが信頼しているようにも見え、屋敷内の者の反応も上々だ。今日だけではまだ底は見えないが、もしかすると政策や司法にも明るいのかもしれない。
もう少し様子を見ていく必要はあるが、彼が賢者と呼ばれるに値する人物なら今後の国の行方に大きな方向性を見出す可能性があった。
古き良き貴族の意志を受け継ぐアヴェーヌ家としては、昨今の貴族たちの振る舞いは目に余る。国を支え、領民を守ることが貴族としての本懐だ。しかし、私利私欲や自らの地位や権力のみを求め、強権を発動する者が後を絶たない。派閥をつくり、場合によっては自分たちに利があるように王家とも対立する。高い税をかけて領民を苦しめ、搾取しつくしたら切り捨てるような運営である領地も多いと聞く。
権謀術数主義という考えがある。
手段を問わず、時には非道徳な行いをしても、国家の利益を増進させればいいという考えだ。国家とはきれいごとばかりでは成り立たないのだから、そういった考えを否定する気はない。
しかし、今の貴族たちが行っているのはそのほとんどが私欲のためであり、それを実現するためには非合法な手段にも手を出すという危険なものなのである。もちろん、犯罪行為には直接関与せずに人を使って巧妙にやらせており、ことが発覚しそうになったら平気で人命を奪う手段を講じていた。
いつしか、貴族の権威というものは失墜し、それを御せない王家への支持も低下しているのだ。
ただ、ことはその取り締まりだけでは話にならない。十年前に猛威をふるった流行病によって国力も低下しており、その後に際立った産業も発展していないのだ。
今や王家と貴族の財力では後者の方が圧倒しているといっても過言ではない。さらに、その影響で公共事業の利権を目的に、法服貴族を取り込んだ地方貴族が暗躍している。個々に莫大な財をなし、あわよくば君主制度の崩壊すら目論んでいる気配もあった。
あの男が真の賢者ならば、この状況に一石を投じる役を担わすことはできないだろうか。
公領として独立した治世を行うアヴェーヌ家では、すでに嫡子に権限を一部移譲して爵位を継承する前の準備を進めている。爵位は基本的に世襲制で生前には引き継がせることはできない。しかし、嫡子の能力は悪くはないと評価している。次男もその補佐を行う力を兼ね備えており、ふたりの仲も悪くはなかった。
気がかりなのは孫である両殿下と、国王に嫁いだ長女である。孫ふたりはまだ幼く、長女は世間をあまり知らない。三男のユーグと次女のティファは我が子の中でも優れた資質を持っており、さらに独立心が高いためそれほど心配はいらないだろう。
今回のユーグの動きは自分が推し進めた嫡子以外の貴族出身者をふるいにかける政策によるものだが、今回の訪問で難なく成果を出せるものだと考えられた。
ソーという男との出会いはユーグたちにとって幸運だといえる。しかし、幸運とは自ら強い意志を持って前へ進む者にしか訪れないものだ。
「一計を案じてみるか···」
アヴェーヌ公爵はこの日にひとつのことを決意した。
「これは···何をやっているのかね?」
翌朝、アヴェーヌ公爵が一階に下りると、中庭が騒がしかった。
おそらく衛兵が鍛錬しているのだろうが、歓声のようなものが聞こえる。
「お爺様、おはようございます。」
「おはよう、シャルロット、それにシャルル。」
「おはようございます、お爺様。」
シャルロットはいつもと変わらないが、シャルルは目を輝かせながら興奮した表情をしている。
「つい先ほど、ティファニー叔母様がロイヤルパラディンを相手に3人抜きを致しました。」
「ほう···」
ロイヤルパラディンとは王家を守護する精鋭たちである。
数いる騎士の中でも一握りの者しか任命されず、清廉な人間性と卓越した剣術を持つ者ばかりだ。
「すごかったです。すべて剣を巻きとっての勝利でした。」
普段物静かなシャルルは、実は武芸が大好きなのである。自身も鍛錬を開始しているが、騎士たちの鍛錬を見るのも好きなようだ。
「ふむ。確かにティファはアヴェーヌ家でも屈指の腕前だが、ロイヤルパラディンを圧倒するとは···」
「ソーのおかげですよ。」
気づけば、ユーグが傍らに来ていた。