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第40話

「その道具は何かね?」


疑似餌を作っていると、公爵が俺のアーミーナイフを見て聞いてくる。


「これは多機能ナイフです。様々な工具がひとつに収納されているので重宝しています。」


「それも君が作ったのかな?」


「いえ、これは違います。」


「そうか···」


何か遠い目をしている公爵だが、この人も俺がシャーナという天空都市の出身だと勘ぐっているのだろう。


「こういったナイフを見られたことはありますか?」


「ある文献で見たことがある。すでに滅びた古代の国があったところで出土したそうだ。それはもっと大きなものだったそうだが···」


このアーミーナイフの基になったといわれるものも、古代に作られたことがあったようだ。


「それを伝えたのは賢者と呼ばれる者だったらしい。まだ天空都市が作られる以前の遠い昔の話だがね。」


···そこにも出てくるのか、シャーナ出身の賢者が。


「そうですか。」


俺は苦笑いを浮かべた。


「君は違うのかね?」


「そのシャーナが滅んだのは、私が生まれるよりも遥か以前だと聞いています。」


「そうだ。しかし、その血を引いている可能性はあると思うが。」


どうやら、探りを入れているらしい。


ユーグから何を聞いたかはわからないが、俺をシャーナの血筋にしたいようだ。


「私の両親は早くに亡くなりました。育ててくれたのは祖父です。知識は様々な文献などから得ています。悲しいことに、実家に帰ることはもうできません。私は家を離れることになり、どこかわからない所をさ迷いながらヒグマに襲われました。川に入って逃げましたが、そこで流されて気がつくとこの都市の近くにいたのです。」


魔法は効かないが、嘘はつかないようにした。


感情を読み取ったり、読心術ができる人がいないとは限らない。


魔法やシャーナという都市の存在がある以上、俺が知らない不思議な力を持つ者がいないとは限らないからだ。


それとなくシャーナから生き延びた者の血筋かもしれないと、匂わせておいた方が安全かも知れないという思いもあった。


別の世界から転生してきたと言っても信じてもらえるかわからないからだ。


もし賢者と呼ばれる存在だと思われた場合、別の危険があるかもしれないがどちらにせよ不自然な言動は控えた方がいいだろう。


祖父には申し訳ないが、この世界には存在しないと遠回しに言ったのもそのためだ。


「そうか。辛いことを言わせてしまった。申し訳ない。」


「いえ、私はアヴェーヌ家の方々と縁ができて幸せだと思っています。あのままだと、どこかで命を絶つことになっていたかもしれませんから。」


おそらくだが、この公爵も悪い人ではないと思えた。


これ以上の庇護を受ける気はないが、人との関わりを無下にするわけにはいかない。


もう、前世のような悔いは残したくはなかったのだ。



疑似餌の作成が終わると、ふと思い立ったことがあり作業場に戻ってメモ書きを始めた。


馬車の構造に使う素材についてだ。


馬車の骨格について当初は鉄を利用しようと考えていた。しかし、よくよく考えてみると、板バネに鉄の平板を用いようとしているのに強度が不足するのではないだろうか。振動がダイレクトに伝わると骨格が疲弊する。そう考えると、馬車の下部の骨格は強度を増す必要があった。


素材は鋼鉄がいいだろう。


鋼鉄とは、鉄に炭素を含ませた炭素鋼のことだ。基準としては炭素の含有率は2%以下。これは炭で鉄を加熱すれば炭素が自動的に含まれるため問題ない。では、加工をどうするかというのが問題になる。


馬車の木製骨格で採用されているラダーフルームの形状にして、溶接や成型ではなくボルトで止めるということができるはずだった。ならば、フレームに使う鋼鉄を鍛造にしてもらうことができれば強度は確保できる。


鍛造とは鋼をたたいて鍛えることだ。一般的な鉄や鋼は鋳造といい、溶かして型にはめて固めるだけである。ボルトに関してはすでにふたつのものを連結させる締結ネジ、今でいうボルトとナットのようなものが作られているのでその素材を鋼鉄で鋳造したら鋼鉄ネジが作れそうだ。いや、緩み防止に完璧な措置はないからそれをどう補うかも問題である。


この辺りについては知識で理論はできるが、実践が不足している。鉄を扱う職人や馬車工房などと連携をとる必要があるだろう。


商工会経由で誰か紹介してもらうのが手っ取り早そうだ。


馬車の設計図というものは古い物はほとんど残っておらず、あったとしてもあまり公開されていない。現代で作られる馬車は木ではなく別の素材で作られており、参考にはできても技術的に再現は難しい。これが俺の限界なのである。自らの創造力が足りないといえるが、専門的に取り組んだ職人の知恵と経験に頼らざるを得なかった。





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