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第38話

「お口に合われたのであれば幸いです。」


俺はニコッと笑顔を浮かべる。


「ソー様はブラックでよろしかったでしょうか?」


会話の合間を見て、ドニーズさんがチコリコーヒーを入れてくれた。この屋敷の中でブラックを飲むのは俺くらいのものだ。しかもエスプレッソ調なので苦味が濃い。


「それは美味しいのですか?」


王女が興味津々に聞いてくる。隣にいる王子も、物静かだが興味深げにこちらを見ていた。


「苦味を好む者なら美味しいですよ。ただ、こちらの屋敷の方々はあまり飲まれないので、一般受けはしないようです。」


「私にも入れてください。このカフェオレというのもすごく美味しかったので興味があります。」


「殿下、それはかなり苦い代物です。大丈夫ですか?」


ティファがそれとなく言葉を挟んでくれた。


「大丈夫です。ソーは頭脳明晰な方だとお聞きしました。私もそれにあやかりたいのです。」


「まあ、何事も経験だろう。私も同じ物を飲んでみたい。」


「では、僕も。」


公爵と王子まで乗っかってきたが、それで処罰とかにまで発展するのは遠慮したい。


相手は王族なのだから有り得ない話ではないような気がする。


それとなく止めようと考えたが、「では私がお入れ致します。」と両殿下の付き人が先走った。


「大丈夫か?」と思いユーグを見たが、彼は肩をすくめている。


執事のドニーズさんにレクチャーされながら付き人が入れているのは、万一に備えたことだろう。おそらく、毒が入れられたりしないよう配慮しているのだ。テーブルにあるお菓子も先んじて毒味をしてあるのだと考えられた。


「!?」


「苦っ···」


ブラックを飲んだ両殿下の感想である。


チコリコーヒーはコーヒーのように苦味はあるが、コーヒーとは別物である。香りもコーヒーには及ばず、コーヒー好きにすれば植物のエグ味を感じることもあるそうだ。しかし、別物としての美味しさがあるのは間違いない。どちらかというと、苦味の中に甘さのあるキャラメルに近い風味である。そして、心身の疲労回復にはこの苦味と甘みがほどよいのだった。カフェインも入っていないので体にもいい。ただ、子供にはあまり好かれない味かもしれなかった。


「ふむ、これはなかなかいい。何となくだが、疲れが取れるような気もするな。」


公爵は気に入ったようだ。


「さすがです。これの原料は野菜として食されるチコリで、それを煎ることで独特の風味になります。苦味や甘味には疲労回復効果もありますので、常日頃から激務の方には常飲していただくのもよいでしょう。」


俺はそう言いながら立ち上がり、両殿下の付き人にあることを依頼した。


「それはどのような飲み物ですか?」


「おくちなおしの甘味飲料です。」


俺はまたニコッと笑ってそう言った。


どうやら、俺の笑顔は警戒心をほぐす効果があるらしい。日本人らしい切れ長の目は笑うと糸のように細くなる。感情表現として笑顔を多用すると話が前向きに進みやすい。頑固な職人たちを相手にして得た処方箋というものだ。


「わかりました。」


コーンシロップにホットミルクを入れ、そこにぶどうジャムを入れた飲み物を用意してもらった。


これは子供にも人気のホットジャムミルクというものだ。


「美味しい。」


「甘い。」


両殿下ともご満悦のようだ。


俺は両殿下のいる横で膝を落として目線を合わせた。


「両殿下にお願いがございます。」


その言葉で、公爵や付き人に警戒が走った。


相手は直系の王族である。俺が何か陳情でも行うと思ったのだろう。


「このシロップを使った飲み物やお菓子という食べ物は甘くて美味しいものです。しかし、食べすぎると体を悪くすることもございます。ですから、がんばられた時のご褒美としてお食べ下さい。」


「どういうことかね?」


公爵から疑問が出るのは当然だろう。


両殿下の年齢を考えて簡単な物言いをしたのだから理解しにくいはずだ。


「適量でしたら体に良いものです。これはトウモロコシの甘みを凝縮したもので、それだけに高い栄養価があります。しかし、薬も多用すると毒になることはご存知かと思いますが、これはそういった副作用を起こすものではありません。ただ、食べすぎると太ります。太ると動くことが億劫になり、健康に害をなす結果となるので適量を楽しむことが重要だとお伝えしたかったのです。」


一瞬、呆気にとられた顔をした公爵だったが、意味は理解したようだ。糖尿病などの説明をしても理解し難いだろうから、これくらいの説明の方が気づいてもらいやすい。


糖尿病は紀元前からある病気だが、この病気の理解が進んだのは17世紀で、さらにインスリン療法が発見されたのは21世紀に入ってからだった。





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