「ソー、ちょっと来てくれないか?」
しばらくしてユーグがやって来た。
「ああ、少しだけ待ってくれ。」
少し前からユーグに敬語を使うのはやめていた。
彼が自分もティファと同じように接して欲しいと言い出したからだ。
俺とは友人として接したいという要望だったので、ティファと同じく屋敷内ではそうすることにした。
「何をしているんだ?」
「ちょっと片づけをね。王子殿下や王女殿下がいらっしゃるのだろう?」
「それはそうだが、なぜ片づけを?」
「おふたりがこの屋敷で滞在されると聞いた。俺みたいな素性がわからない者がいるのは問題だろうから、街の宿泊施設に移ろうと思っている。」
「いや、その必要はないぞ。」
「ん?」
「それと、父上が話をしたいそうだ。ソーが作った釣りの仕掛けが気になるそうで、コーンシロップから作った飴についても説明を受けたいと言っている。」
「わかった。とりあえず行くよ。」
アヴェーヌ公爵が釣りの仕掛けに興味を持つことは何となくわかる。しかし、コーンシロップの飴についてはどう説明すべきだろうか。砂糖の代わりに使えるものができたとなると、それは国家規模での発明となりかねない。
俺はユーグの成果として報告させるつもりだったのだが、ここでその話がどうなるかが問題だ。
「そういえば、コーンシロップの開発については何と説明したんだ?」
「そのまま伝えたさ。君が持てる知識でそうしたと。」
なるほど。
確かにそう答えるしかないだろう。
ユーグは頭の回転も速く、黙って人の功績を奪わない清廉さも持っている。ここで変なごまかしをするような男ではない。
「ソー、あまり考えこまなくても大丈夫だ。君が心配してくれていることはわかる。しかし、父は私がコーンシロップやエタノールの開発を指揮したわけではないことくらい気づいているさ。それに、私の仕事はそれを産業として根づかせ、この都市を盛り上げることだ。だから変に構えなくてもいい。」
確かにユーグの言う通りだ。
下手につくろうとどこかでしわ寄せがくる。
「あと、王子殿下と王女殿下も同席しているからあまり待たせられない。」
「はい?」
ユーグは悪戯っぽく笑っている。
「心配しなくても大丈夫だ。おふたりは気さくな人柄だし、付き人と護衛の対応だけ心がけていれば問題ない。」
いや、不安しかないのだが?
「お初にお目にかかります。王子殿下、王女殿下。ソウスケ・イチジョウと申します。無作法者で大変恐縮ですが、お見知りおきいただければ幸いでございます。」
王子殿下と王女殿下は共に10歳に満たない年齢のようだ。アヴェーヌ公爵の年齢を考えると、孫としてはかなり大きいがこの世界では不思議ではないかもしれない。おふたりは公爵が乗ってきた馬車に同乗しており、中で少しの間待機していたようだ。
「堅苦しい挨拶は抜きにして、かけてもらったらいい。」
アヴェーヌ公爵の言葉に礼を言い、王子と王女に目礼をしながらソファーに腰をおろした。
同じ部屋には王子と王女に公爵、ユーグとティファ以外にも執事のドニーズさんやメイド、他にも知らない顔の護衛や両殿下の付き人らしき人もいる。
予想よりも和やかな雰囲気なのが救いだ。
「あなたがソーね。こちらのものをいただいて感動しました。」
王女殿下が示したのはテーブルに並んだ茶菓子だった。
この時代ではまだパティシエのような職は存在せず、お菓子という概念があまりない。どちらかというと、食事までの空腹をまぎらわすための間食そのものである。
テーブルにはりんご飴やキャンディー、それにクレープが並んでいる。
りんごは近辺でも栽培されており、ちょうど出荷されている時期だ。それを食べやすい大きさにカットして、コーンシロップを用いた飴でコーティングしてある。コーンシロップは、粘りのある水飴にしやすいので使い勝手がいいのだ。キャンディーの原料も同じものを使用してある。
クレープに関してはまだこの地にはないものだが、小麦粉に水と砂糖、バターや鶏卵やコーンシロップを入れて焼いてある。これにはメープルシロップやハチミツの代わりにコーンシロップで作った水飴と、同じくコーンシロップをぶどうに加えてジャムにしたものが添えてある。
いずれもこの屋敷のシェフに共有したレシピから作られたものだ。突然の両殿下の訪問があり、厨房であわてて作ったのだろう。もてなしの品としては、時間がかからずに作れて見栄えもいいため無難な選択だといえる。
それに加えて、飲み物にはチコリコーヒーを等分のホットミルクで割った代用カフェオレも添えてあった。
色を見る限り、両殿下のものはミルクを多めにしてあるのだろう。ここにコーンシロップを入れて飲むと、子供でも飲みやすく美味しいコーヒー牛乳となる。コーヒー牛乳はカフェオレなどと違い、配分比率に定義はない。
因みに、アヴェーヌ公爵のカップにはもう少し濃い色のものが満たされている。チコリを深煎りしてエスプレッソ調にしたカフェモカ風だというのがわかった。大人には少し苦めのカフェモカ風の評判がいいため、ユーグが指示したのかもしれない。