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第35話

薄く限界まで伸ばした生分解性プラスチックを、数日かけて乾かすことにした。


これで固まればプラスチック状の板になるはずだ。


変なものが混入しないように、室内の窓際に置いて日干しする。たまに換気を行って様子を見つつ、空いた時間を利用して別のことをすることにした。


まず、馬車の設計図の作成だ。


設計図については、高校の時より我流で覚えたJwCADの知識が活用できる。JwCADとは、フリーで使える二次元汎用CADソフトで開発には建築士が関わっている。建築や建具などの設計をしていたわけではないが、学ぶことでCADの知識を吸収してあらゆる図面を作成することにつながったのだ。


俺のブログ”オモイカネ”で図面解説を行う場合、その図面はすべて自作する必要があった。ブログに使用する図面や画像は多岐にわたり、フリー素材でまかなうことは難しいというのが理由である。また、他者の素材を勝手に使用することは権利侵害に該当するため、理想に近いブログとするには必須だったといえよう。


この知識や経験は、手書きによる図面作成にも活用できる。ドラフターのような設計製図機械は存在しないため、定規を木で自作して使用した。


鉛筆に関しては、黒鉛がすでに発見されているため商品として流通している。書き心地が悪いので改良の余地はある。ただ、それはまだ先でもいいだろう。今回は下書きを鉛筆で描き、インクで清書するつもりだ。


粘土に黒鉛を混ぜて焼き固めれば現代の鉛筆となる。粘土と黒鉛の混合比率を変えて焼けば芯の硬さを変えることもできるため、今度鉛筆を作製して工房にそれとなく教えてやろうと思っていた。


ネックなのは消しゴムがないことだ。消しゴムは天然ゴムがこの辺りには流通していないので作ることはできない。いちおう、小麦パンで代用することはできるが、きれいには消せないのだ。故に二枚の紙を使って窓に貼り付け、透かして鉛筆で薄らとなぞってからインクで清書するというやり方しか思いつかなかった。


紙については、よく誤解されているが中世後期の文化水準ともなると普通に流通している。むしろ羊皮紙の方がコストは高い。羊皮紙は原価が高く大量生産には向いていないのだ。紙よりもさらに高い技術と長い生産日数が必要なため、この国でも400年近く前から製紙工場で紙が生産されている。さらに100年ほど前からは活版印刷も実用化されており、俺が目を通した本は紙に印刷されたものが多かった。


ラフで馬車の設計図を作成する。


天蓋付きの箱馬車である。乗り心地の悪い原因である足回りには、後世でも採用された板バネ式を採用して突き上げの緩和を目指す。


馬車は基本的にゆったりとしたスピードで走るものである。あまりスピードが出ないということもあるが、細い車輪や車軸とボディがダイレクトにつながった構造により横転する危険性が高いからだ。


この危険性を緩和するために3つのポイントを設けた。


一つ目は板バネを左右に渡し、車軸と平行して車輪をつなぐ。これは後世の馬車の基本的なサスペンションを踏襲したリジットアスクルというタイプのサスペンションだ。シンプルな構造で耐久性も高い。バネとなる板を重ね合わせてボディにつなぎ、中央に車軸を固定する。コストも安く、荷重変化による影響も受けにくい。ただ、片輪に衝撃があると大きな振動を引き起こし、さらに足回りの重量がかさんでしまう。


この対策が2つ目のポイントである。


片輪の衝撃が車軸に伝わり全体に振動を引き起こすのであれば、足回りと客室の間に緩衝部を設ければいいのだ。


客室の床下に板バネを設置して、衝撃に合わせてしならせる。客室と板バネの間に空間を作ることで、ダイレクトな伝わり方もしないはずである。これはウッドスプリングベッドから発想した。


複雑なようだが実はそうでもなく、コストもそこまで高くはないだろう。


そして3つ目のポイントである。


低床化して重心を低い位置に持っていくことだ。低床化は乗り降りのしやすさも向上するが、何より空気抵抗を少なくする。そして、低重心により走行安定性が増すのである。さらに、横転することを予防するために車輪を前後とも二重にしたものを設計した。


従来の馬車とは違い、箱というよりもオーバーフェンダーがついたジープのようなシルエットとなる。車幅は増すが、これで曲がる時の路面設置率は向上するだろう。


車輪が二倍に増すデメリットは当然ある。


振動を拾いやすく重量も増える結果となるのだが、振動に関しては二箇所の板バネが衝撃をある程度吸収するはずだ。そして、重量が増加する問題については客室の軽量化で対処した。


馬車は客室の強度を保つために厚い板で製造される。これを骨格によって強度を保つ構造にし、外装や内装に使うものは薄い板を用いるようにするのだ。


もちろん、断熱性や遮音性を高めるための資材も考慮済みだ。薄くなった壁や天井、床にはコルクを貼るのである。


コルクはコルクガシの樹皮が原材料となるのだが、この国の南部にはコルクガシの農園があることをすでに調べあげている。ワインの栓にも使われており、気密性や保温性に加えて弾力性もあるので最適な素材だろう。


こうして仕上げたラフ案を清書し直したところで、部屋の外が急に慌ただしくなった。




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