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第33話

興味深げにティファが見学している。


まずは柄の部分を切り落としてヘラと分離させ、長辺の両端に穴をあける。この穴あけは重量バランスを考えてやらなければ、水中で泳いでいるように見せることはできない。作業は釘と金槌を用いて慎重に行った。


穴あけの位置を変えて何パターンかの試作品を作製する。ティースプーンは何種類かの違う素材のものを用意しているので、素材ごとに同じ数のパターンを作っておく。


ラッカーなどはないので着色はしない。これに釣り針と釣り糸をつなげて、水中での動きを観察して穴あけ位置を確定するのだ。


その日の内に水をはった大きめの鍋に試作品を入れて、釣り糸を引いた時の動きを検証した。候補を3つにしぼってから微調整を行う。穴の位置をずらしたり、大きさを変えて再度検証する。


最終的にひとつのパターンに決めて、すべての素材で同じ加工をする。あとは釣り糸を通す穴に鳥の羽などをつけて装飾した。


理論的にはこれで疑似餌として実用化できるはずだ。


あとは実際にノーザンパイクを釣りに行き、釣竿による操作加減や食いつきを見て微調整や羽の染色を行う段階まで急ピッチに進めた。


気がつくと外は夕暮れになっており、作業場には他のギャラリーも増えていたことに気づく。


俺に何か用事があったのか、気づけば護衛を連れたユーグやドニーズさんまで興味深げに見学していた。


それに気づかないほど作業に没頭していたことに、こんな時間になってから気づくとは···


今後はもう少し余裕を持つようにしなければ。




翌日、ティファと一緒にノーザンパイクを釣りに出かけた。


釣りを楽しむのではなく、疑似餌の検証のためだ。


ノーザンパイクのいる場所には馬車で1時間とかからずに到着する。


竿を振ってから、小魚が泳いでいるように見せるためには少し重量バランスがおかしいことに気づいた。


持参した鉛玉を疑似餌に取り付け、何回か試してそれなりの動きが出るように調整する。


釣り糸の先端にワイヤーを使用しているため、竿のコントロールのコツが掴めるまでに少し時間を要した。


その後、しばらく試して見たが、結果は上々だったといえる。


悪食で何度も食いついてくるノーザンパイクの獰猛さもあって、試作品のテストは大成功に終わった。


「すごいわ、ソー。生き餌を使うよりも食いつくまでの時間が短いし、糸も噛み切られない。長時間振るうには竿が少し重たい気もするけれど、この仕掛けで釣ると食いつくまでの操作もおもしろいものね。」


疑似餌による釣りは、魚が食いつくまでの時間もいろいろと考えて竿を操作するので、慣れていない者にとっては楽しい時間だったりする。


こういったところが釣りにハマるひとつの要素だと俺は思っている。もちろん釣果も大事だが、それ以前の段階でも充実した時間が送れるのだ。


「いちおう、お父さんの分も作っておくよ。ユーグや他の人たちも同行するのかな?」


「兄は間違いなく参加するわ。あなたも一緒に参加して、父や兄にレクチャーしてくれるでしょう?」


「それはかまわないけど、邪魔になるんじゃない?」


「大丈夫よ。父はきっとあなたのことも気に入るわよ。」


気に入られるのはいいけど、釣り仲間として見られるのはちょっと遠慮したかった。


上級貴族と一緒に釣りなんて、気まずいことこの上ない気がするのだが···。




後日、街にいる釣り好きの人たちにも擬似絵を試してもらうことにした。


モニターとして改良点などをレポートしてもらい、商品化できるかを調べるためだ。


商品化する際にはスプーンを代用するのではなく、元の世界でも実際に販売されているスプーンルアーとして一から製作するつもりだった。


もちろん、その製造には他の人を雇い入れるつもりだ。


ユーグから聞いた話では、ノーザンパイク釣りを趣味にしている貴族はかなり多いらしい。


15世紀頃のヨーロッパ貴族は、スプーンなどを食器として使うよりも宝石などと同じように財産として所有する志向があったそうだ。こちらでは意を異にするが、スプーンルアーがそういった存在になればいいなと思う。


釣竿やリールにもコレクターがいたり、ルアーと合わせて収集してガラス張りの棚に飾る者もいるくらいなのだからありえない話ではないはずだ。金や銀製のルアーを貴族向けに販売できるようになれば、この都市の特産品として潤うこともあるだろう。


一度、ユーグに相談してみるのもいいかもしれなかった。



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