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第32話

「川や湖にいて、緑や褐色で白い斑点があるわ。大きいものはこれくらいある。」


1メートル以上の魚か。


ひょっとして、ノーザンパイクか?


「もしかして、食べてもおいしい?」


「ええ、実を細かく潰してボール状にして食べると美味しいわ。」


間違いなくノーザンパイクだろう。


ノーザンパイクは、鱧のように骨切りして使うことが多い。こちらではミートボールにする調理法がメジャーなのだろう。


この魚は鋭い牙を持つ大型の肉食魚で、ヨーロッパでは水辺の暴君とも呼ばれている。味が濃い白身で食べると美味しいのだが、引きの強さによりスポーツフィッシングの対象とされることが多いようだ。


ティファの父親はこのノーザンパイクとのファイトがお好みのようである。


「ふむ、疑似餌を作ってみるか。」


「疑似餌って?」


「簡単にいえば、魚の餌に似たものを作ってそれを釣りに使うことだ。」


「そんなもので釣れるの。」


「釣れるし、糸が切れなければ何度でも使える。」


「それ、いいわね。」


ティファは興味津々だった。


「お父上がこちらに来るのはいつ頃なんだ?」


ノーザンパイクは、ビジネスでイギリスに行った時に誘われて釣ったことがある。引きが強く、確かに釣り好きにはたまらない大物だとの印象を持った。


俺は没頭してしまいそうだったのでつきあいでしか釣りはしないようにしているが、バスフィッシングのプロが知人におりルアーの作り方も教わったことがある。その知人もノーザンパイクを釣るためにヨーロッパに行くことがあり、ある程度のノウハウは教えてもらっていたのだ。


ただ、ラッカーペイントなどは準備できないだろうから、あるものを代用して作るしかない。


「手紙の日付から考えると、一週間以内には到着すると思うわ。」


あまり時間がないようだった。


「もしかして、気難しい人?」


「プライベートはそうでもないわ。趣味に没頭すると子供みたいになるしね。」


仕事となると鬼になるタイプなのかもしれない。趣味を大事にする人で、社会的な地位が高い人はそういった傾向が強い。


「わかった。できるだけ早く試作品を作るようにするよ。」




ノーザンパイクは、昆虫や魚だけでなくカエルやアヒルまで食べることがあるといわれている怪魚である。


淡水魚の中でも食物連鎖のトップに位置するような魚で、食いついたら失敗しても何度となくアタックする気性の荒さがあった。


この世界にはルアーと呼ばれる疑似餌は存在しないため、食いつきのいいものを作成出来れば交易にも使えるかもしれない。生き餌のような調達の手間もかからずに釣りを楽しめるため、釣り好きの反応もそれなりにあるはずだ。


俺は頭の中で必要な物を思い浮かべた。


この辺りの釣り道具としては釣り糸は馬の尻尾毛を使った道糸、釣り針は鉄や針金による自作、釣竿はブナ科やクルミ科の木を加工して作っているとのことだ。


釣り糸を巻きとるリールはまだ存在しない。


そしてノーザンパイク釣りでは、釣り糸が切られたり竿ごと持っていかれることも多いと聞く。


その状況から思い至ったのは、釣り糸を切れないように強靭なものへとかえて純粋な魚との駆け引きを楽しんでもらうことだ。


「よし、ワイヤーを使おう。」


俺はそう言って、金物を扱う店舗で一番細くて強靭なものを購入した。


余談だが、ワイヤーと針金は同じように思えて実はそれぞれに定義がある。簡単な話だが素材そのものを針金といい、何らかの加工をしている物をワイヤーという。俺が購入したのは極細の針金を編み込んだワイヤーなのである。


タチウオなど、歯の鋭い魚にはワイヤーリードという釣り糸を用いる。購入したワイヤーはその代用品だ。


これを馬の尻尾毛で作られた道糸の先端につけて噛み切られないようにする。竿は従来のものを使用すればいい。


問題は疑似餌本体だった。


これに用いる物もある代用品を考えている。ワイヤーを買いに出たついでに調達し、屋敷へと持ち帰った。


「ソー、ティースプーンなんか並べてどうするつもりなの?」


そうだ。


俺が疑似餌用に調達したのは食器のティースプーンである。


「これが疑似餌になる。」


「どういうこと?」


「もっと寒い所にトラウトという魚がいる。川にティースプーンを誤って落としたら食いついたという逸話があるんだ。ノーザンパイク···いや、ジャックというフィッシュも昆虫や魚を食べるだろ?このティースプーンの光沢と形を利用して、その餌に化かすんだ。」


「金属をジャックが食べるってこと?」


「正確には餌と間違えて食いつくってことだよ。」


この話は実話である。


そして、疑似餌の起源がティースプーンから始まったという一説も、スポーツフィシング好きには定番の話だったりするのだ。


この世界に来た時から所持していたアーミーナイフの機能を使い分けて、ティースプーンの加工を始めることにした。





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