目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第29話

麦芽糖ではなく、コーンシロップを作るためにはコーンスターチを作る必要がある。


コーンスターチとは、トウモロコシを細かい粒子にしたものである。トウモロコシといっても様々な種類があり、一般的に食用とされるスイートコーンやポップコーンはコーンスターチやコーンシロップの原料には適さない。


品種的にどうだろうと思ったが、こちらのトウモロコシは家畜用飼料に使われるデント種に近いものだった。デント種は成長すると糖分がほとんどでんぷんに代わるため、元の世界では食用ではなくエタノール製造用や飼料用として生産が盛んである。


スイートコーンに比べて色が白いのだが、街中で販売されていたものは皮をかぶっていたため気づかなかった。色鮮やかといっていたが、きれいな白に近い色なので確かにそうだろう。


そこでふと思いついたのが、エタノールも作れないかということである。


エタノールには発酵エタノールと合成エタノールの二種類が存在し、前者はでんぷんや糖を発酵させて酵母を用いることで作ることができる。


これは食品防腐用や消毒用アルコール、燃料として使うことができるため非常に有用性が高い。また、後者の合成エタノールは工業用に使えるが、石油などから作られるエチレンが必要となるため今回は無視することにした。


トウモロコシから作るエタノールは、湿式と乾式のふたつの製法がある。湿式はトウモロコシのほとんどを用いるため、廃棄する部分がほぼない。


そして副産物としてコーンオイルやグルテンフィード、グルテンミールなどができる利点がある。しかし、残念なことに亜硫酸ガスが必要で、成分を分解して各自を加工する必要があるため今回は除外する。


乾式製法なら、トウモロコシの実を乾燥させて丸ごと製粉化するだけなのでこちらを採用することになるだろう。因みに、これはコーンシロップの原料であるコーンスターチとしても使用される。デント種はスイートコーンよりでんぷんが多いため、シロップには適しているのだ。


エタノールの製造はコーンスターチに水を加えて糖化し、発酵させることで可能となるのでこちらも並行して進められるだろう。


この世界ではエタノールもかなり貴重な物だそうで、製品化ができればシロップと合わせて街の活性化に大きく影響すると思われる。


生分解性プラスチックは温室用に用いるので流通はさせないが、それによってオリーブが栽培できればそちらは石鹸やオリーブオイルの製造に使うことができる。


それ以外にトウモロコシからは絹糸と呼ばれる部分からひげ茶も作ることもできる。因みに絹糸は雌しべにあたり、これが多いと粒が多く色が褐色のものは熟しているサインだったりする。


当分はそれらの製造手法の確立に没頭することになりそうだが、もうひとつ個人的にやりたいことがあった。


それはコーヒーを作ることである。


この辺りではコーヒー豆は流通していない。気候的に栽培も無理だろうし、紅茶すら出回っていないのであれば他に飲みたい飲料が見当たらないのである。集中力を高めるカフェインはどうしようもないが、やはりお茶やコーヒーは必需品なのだ。


しかし、ないものねだりをしても仕方がないので、代用品を考えることにした。そう、代用コーヒーの開発である。


代用コーヒーとは、擬似的なコーヒーのことをいう。カフェインレスなものは元の世界でも妊婦さんや健康志向の人に密かな需要があった。そして、この地域でそれを可能とする作物を探し当てたのである。


それがチコリコーヒーだ。


チコリとは、キク科の植物でヨーロッパ原産のものである。元の世界ではチコリコーヒーはフランスでもよく飲まれているため、気候風土が近いこちらでも探せば見つかると思ったのだ。


チコリは初夏から晩秋にかけて自生することも多いため、博識な執事のドニーズさんに聞いたところ家畜の飼料用に栽培されているとのことだった。


ん?


チコリって、確か根の部分にイヌリンが豊富に含まれていたよな。イヌリンは水溶性の植物繊維や甘味料として使えるのだ。


「いや、抽出や分離させて精製するのは無理か···」


思わず独り言をつぶやいてしまい、ドニーズさんにまたかという目で見られてしまった。


そう、商工会の人たちとの会議以降、俺は変人のように見られている。その生あたたかい目はご褒美にならないからやめて欲しいものだ。


いろいろと実現させて、その目線を驚嘆のものに変えてやる。


俺は内心で奮起した。




さて、トウモロコシを大量に仕入れることに成功した。


食べにくいからと敬遠されていると聞いていたが、食用には好ましくない品種であることから、食べれるけれどおいしくないと思われているのも普及しない原因だろうと思う。


しかし、そのためにかなり安く手に入れることができたのである。


あの後、ユーグといろいろと話をした。彼はトウモロコシを食料難に備えて持ち帰ったということを聞いている。しかし、あまりにも不評で肩身が狭い思いをしていたそうで、コスト面などを気にかけながらもかなり前向きな姿勢を見せていた。




この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?