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第28話

「ソー、本当に可能なのか?あまり夢を広げると···」


「夢ではなく、可能性はありますね。温室を作り、あとは土壌に気を配れば実現できるかもしれません。」


「温室というと、石穴や室を利用するあれか?しかし、オリーブは陽があたらなければ育たないぞ。」


ユーグが否定的な意見を言った。


そうか、この地域で温室というとそういったものになるのか。


「私がいう温室は、陽の光を取り込めるガラス張りのものですよ。」


「ガラスを全面に張った部屋を作るというのか?それは可能かもしれないが、あまりにも費用がかかり過ぎるのでは···」


「ガラスは一部で大丈夫かと。」


「どういうことだ?」


「陽の光を取り込むのであれば、半透明な薄い板があれば可能でしょう。土台は石で組んで、ガラスは日照時間の長い南と西の一部に効果的に入れれば。」


「その半透明な薄い板とは?」


「牛乳で作れます。」


「は?」


全員が理解できないという顔をしていた。


「生分解性プラスチックです。」


「せいぶんかい···何だって?」


生分解性プラスチックとは、原油から作られるプラスチックとは異なり、土に還ることのできるプラスチックである。


その種類は様々で、トウモロコシから作ることも出来る。ただ、トウモロコシなどの植物は発酵させて乳酸化し、そこに石油を使用してポリ乳酸にする必要がある。これに関しては作ることは無理だろう。


しかし、牛乳なら酢を加えることでカゼインプラスチックを作ることができる。


「生分解性プラスチックですよ。」


「す、すまない。頭が追いつかないようだ。」


「酢は···確か、高価な調味料だと書いてあったから、古くなったワインで代用できるか。赤ワインだと色が入るから、白ワインで···」


「ソ、ソー?」


ユーグが自分の世界に入りそうになった俺を引き戻した。


「ああ、申し訳ありません。興味をお持ちになったのなら、実験···試作品を作ってみますが?」


知識だけの取得ならインターネットや本だけで事足りる。しかし、文章を読むだけでは細かい理屈がわからないことがあった。余暇を利用して実験し、それをブログ記事に画像付きで掲載するからこそ、俺のブログ”オモイカネ”はアクセス数を伸ばすことができたのだ。


オモイカネとは、日本の知恵の神である思兼神に由来している。最高神である天照大御神が信頼していた神界のブレーンであり、多くの神々の思いを兼ねあわせるという意味がある。


ブログ”オモイカネ”は、人々にとって頼れる知恵袋となるようにその名をつけた。


だからこそ、生半可な知識の寄せ集めにしたくはなかったのである。


「それはぜひ見てみたいが、どれくらいの費用がかかりそうなのだろうか?」


費用に関してはそれほどかからないだろう。


ただ、設備がいる。


「必要な物をリストアップするので、揃えられそうかの判断をお願いします。高価な物や希少な物については代替品を考えますので、調達が難しいものを教えていただければ大丈夫です。試作するだけなら費用も大してかからないでしょう。」


実は俺自身がかなりわくわくしている。


この地域の時代を加速させてしまう可能性。それに、元の世界では技術として定着しているものではあるが、既製品を使うのではなく身近な物を代用して行う実験というのは楽しいものなのである。




この国では葡萄酒が主に飲まれている。


葡萄の生産が多く、それを食用よりも飲料にする文化が昔より発達しているからだ。


しかし、麦の生産も多く、周辺諸国がビールの消費量が高い国々に囲まれているため、一般家庭でビールを製造して消費することも少なくないそうだ。


元の世界では酒税法の関係で一般家庭で自己消費であっても酒を作ると密造酒扱いとなるが、こちらではそういった法律はないらしい。


その関係でアヴェーヌ家に仕える者の中から、家庭でビールを作っているメイドを紹介してもらった。


麦芽糖をつくる過程をレクチャーしてもらうためだったが、ここでうれしい誤算だったのが粉末状の麦芽が製品として流通しているというメイドの言葉である。


麦芽糖を作るには、でんぷんにαアミラーゼを加えて発酵させる必要がある。お粥で麦芽糖飴を作るためのレシピを流用すれば比較的簡単に作れそうだった。


米と水を3:17くらいの割合でお粥にして、それを60℃強くらいの温度まで冷まし麦芽の粉を入れる。それを一晩寝かして漉し、搾った液を適切な粘りになるまで煮詰めて冷やすと麦芽糖飴が完成する。このレシピの米をコーンスターチに変更するとコーンシロップができるはずなのだ。


因みに、この世界にはまだ温度計が存在しない。しかし、60℃強の温度を見極めるために温度計は必須ではなかった。マグカップに入れて手で持てる熱さが70度、もしくは水を沸騰させている時に鍋の底から小さな泡がかなり増えてきた頃合がそのタイミングなのだ。


外気温にもよるが、そこから数度下げるくらいなら少し時間を置けば難しいことではない。これについてはメイドさんも同じようにしているとのことなので、αアミラーゼが活性化する温度への調整もクリアすることとなる。




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