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第27話

石鹸に関しても、植物由来のものは砂糖ほどではないが、金と同等の価値があるといわれている。


オリーブオイルと海藻灰で作られた石鹸は硬くて使いやすく、獣脂と木灰で作られたもののように臭くないので人気が高い。しかし、生産地からの輸送コストが高いため、庶民が手にすることは難しかった。


そしてコーン油は液状油となるため、硬い石鹸を作るよりも柔らかい石鹸に向いている。性質的には泡立ちが少なめだが、獣脂のものに比べて臭いもなく、さっぱりとした洗いあがりだ。庶民が買いやすい価格で提供できると考えられた。


「なんですと!?」


商工会の皆さんが目を見開いて反応した。


元の世界の基準でいえば大した技術や知識ではない。しかし、この地では驚愕に値することらしい。


「他にもいろいろと製品化できますよ。」


俺はにっこりと笑った。


「ぐ、具体的にはどうやるのですか?」


まあ、それを聞かなければ信用してもらえないだろう。


「まずシロップですが、トウモロコシをコーンスターチという粉状にします。これはでんぷんと呼ばれ、ワインと同じように発酵させることで糖化···つまりシロップになるのです。」


実際にはαアミラーゼを用いることで、でんぷんを分解して糖に変化させる。ここでは麹菌を使うのがベストだが、日本のように高温多湿な環境でなければ麹菌はいない。いわゆる食品添加物として工業生産できればいいが、ここでは難しいだろう。一番手に入りやすい麦芽由来でαアミラーゼを作るしかない。


仕込みのためにαアミラーゼが活性化する62〜70度のお湯に麦芽とコーンスターチを入れて糖化させる。ビールの生産過程である麦芽糖を作るのと似た手法だ。


麦芽糖も甘味があり水飴の原料とされている。しかし甘みは砂糖の30〜40%程度である。これにコーンスターチを主原料として用いることで、砂糖の50%程度まで甘みを引き上げようと考えたのだ。


ビールの醸造はすでに行われているため、多少の苦難はあっても理論的に製造は可能なはずである。ただ、味に関しては純粋なコーンシロップとは異なり、雑味が多くなると予想している。


「そんなに簡単に作れるのですか?」


「簡単ではないでしょう。しかし、やってみる価値はあると思いませんか?」


「それは···確かに。」


反応は悪くない。


少し雑な思考だが、元の世界のコーンシロップほどのものができるとは思っていない。しかし、砂糖が一般的でない分、雑味があっても甘味料としては受け入れられるはずだ。


それを基礎に技術や研究が進めば、サトウキビから作られる砂糖の代用品に近づけられるはずだった。少なくとも、テンサイから砂糖を作るよりもハードルはかなり低いといえよう。


「続いて石鹸ですが、石鹸の製造法はご存知でしょうか?」


「我々が知っている製造法は、獣脂に木灰を混ぜ合わせるものだ。オリーブから作るものも海藻の灰を使うらしい。ただ、オリーブを手に入れることが難しいからな。」


「獣脂の代わりにトウモロコシから作る油を使用するだけですよ。」


「そんなに簡単なことなのですか?」


「石鹸は油と何かの灰を混ぜ合わせるとできます。獣脂による製法は伝え聞いたものでしょうが、それをオリーブオイルやトウモロコシの油に変えることで臭みのないものにできます。ただ、油の種類によって少し性質の違う石鹸にはなりますが。」


同席している者は皆感心したような表情をしている。


「説明だけでは絵空事に終わります。取り組む意思がおありなら、実際に製造するか否かを議論されるといいでしょう。」


「あの···ソー様。ひとつよろしいでしょうか?」


秘書がおずおずとした様子で手を挙げている。


「何でしょう?」


「その、オリーブオイルで石鹸を作ることは無理なのでしょうか?」


なるほど。


女性らしい質問である。


オリーブと海藻灰から作られる石鹸は、元の世界でいうマルセイユ石鹸と同じように女性の憧れのようだ。せっかくならそれを製造できないかと思うのは当然かもしれない。


「オリーブは調達が難しいだろう。」


「そうだ。あれは温暖な地域でしか栽培できない。それに、実やオイルを輸送するには莫大なコストとリスクが伴う。」


商会長と副会長が現実的な話で諭そうとしていた。


「ふむ···不可能ではないかもしれません。」


「「え?」」


オリーブの栽培は、年間の平均気温が15℃前後で排水のいい肥沃な土壌が適しているといわれている。


この辺りは土壌はともかく気候的にはあまり適していない。ただ、オリーブは意外にも低温や乾燥に強く、日本では東北地方でも栽培されている。ただし、ビニールハウスを用いての話だが。




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