「その前に少しよろしいでしょうか?」
挙手して声を出したのは商会長だ。
予想していたことが早速来た。
ユーグは俺のことを詳しく紹介せずにいきなり話を振ったのだ。あちら側にしてみれば、初めて見る顔の俺が気になって仕方がないだろう。
そもそも、貴族だということはわかるが、俺もユーグがどういった立場にあるかはよくわかっていない。推測では領主代行か何かだとは思うが、役職や立場について名言されていないのだ。
ただ、プレゼンテーションに関しては俺のスタンスは何も変わらない。この場にいるものに説得力のある説明をすればいいだけだ。若造がと舐めてこられるのも承知の上といえる。大学生の立場で起業した俺にとっては日常茶飯事だった。商機を相手の年齢や身分で逃すような奴らはそもそもお呼びじゃないのだ。
「彼はソースケ・イチジョウ。賢者だ。」
おい。
いきなりとてつもないブッコミを入れてきたぞ。
急にそんな紹介をされても、参加者が納得するはずがないだろうに。
「賢者様ですとっ!?」
「なるほど、それで髪と瞳の色が···いや、しかしとんでもない人材をみつけたものですな。」
不思議なことに、納得しているみたいだった。
別に俺自身が嘘をついているわけでもないので微妙な気分である。
しかし、その賢者というのは、この世界でもそれなりの地位にあるのではないかと思えるのだが···いいのだろうか。
賢者やシャーナという言葉については、文献を読みあさっても見あたらなかった。機会を見てユーグやティファに確認した方がいいだろう。
「あらためて、ソウスケ・イチジョウです。気楽にソーとでもお呼びください。早速ですが始めさせていただきますね。今回、トウモロコシについての商品展開の可能性ということでお集まりいただきました。皆さんはトウモロコシからどのようなものが作れるかご存知でしょうか。」
コーンシロップのことについてはまだ話していないとユーグが言っていた。
砂糖に代わるシロップの話は、まだ具体化していないとはいえ、あまり広めたくないらしい。目敏い商人などが話に噛ませてもらおうと暗躍したりするからだそうだ。商魂たくましいのはいいが、それで殺傷沙汰に発展することもあるという。おそろしい世界だなとあらためて思った。
「トウモロコシですか···こう言ってはなんですが、そのために呼ばれたというなら少々がっかりですな。」
商会長が身も蓋もないことを言い出した。
「なぜ、そう思われます?」
「確かに育てやすい作物です。しかし、食べにくい。色合いがきれいで当初は話題になりましたが、今や貴族の方々からは散々な言われようですし···」
「それはナイフや包丁で削ぎ落としたり、そのまま食べるからですよね?」
「ええ、まあ···」
「とうもろこしカッターやピーラーという道具を用いれば簡単に削ぎ落とせます。」
「そんな道具があるのですか?」
「あります。というか、作ればいいかと。それよりも本題はそこではありません。トウモロコシは食用だけでなく、様々なものに転用できるというお話をさせていただきますね。」
聞く気がないのなら時間の無駄というのが俺のポリシーなのだが、事前にユーグからある話を聞かされていたので、もう少し建設的な話をしようと思う。
「食用以外に何に使えるのですか?」
ここはインパクトのあるもので三人の気持ちを高揚させる方がいいだろう。
「シロップや石鹸です。」
砂糖はふたつの作物から作ることができる。
熱い地域ではサトウキビ、寒い地域ではテンサイだ。サトウキビはしぼって出した汁を煮詰め、遠心分離を行うと砂糖になる。前時代的な方法だが古くから使われている手法だ。
一方、テンサイは切り刻んで温水で抽出した糖分に石灰乳や炭酸ガスを吹き込んで不純物を取り除き、イオン交換樹脂に通して真空結晶缶の中で濃縮した上で遠心分離器にかけるという複雑な工程となる。
こちらの地域でも探せばテンサイはあるだろう。もしかしたら葉菜として食べられている可能性もある。しかし、そこから砂糖を作り出すには技術的に時期尚早なのだ。
その背景を考えると、砂糖はこちらではとてつもなく価値の高いものなのである。
代用品としてハチミツがあるが、この国の南部では養蜂が発展しつつあるという。しかし、巣箱は土や粘土、わらや草で作られており、採取の度に巣を壊す必要がある。その度に犠牲となるミツバチが多いため、継続的に取れるハチミツは少ない。養蜂場の周辺はともかく、貴族ですらたまにしか口にできないほど貴重なものであるらしい。また、ロウソクや化粧品、軟膏を作る際に必要な蜜蝋の採取が優先的になることもあり、庶民が口にすることは難しいという。
これらの状況から、砂糖やハチミツの代用品となりえるコーンシロップは、生産できるとなると革命的な製品になりうるのである。