「なるほど。」
本当は足踏み式ミシンを開発すればもっと生産性を伸ばせるけど、技術的に可能かはわからない。
「あ、トウモロコシが売ってる。」
本来ならトウモロコシの原産は日照りのいい高温な地域でだ。寒さに弱いので春に種がまかれる夏野菜である。もともと過酷な環境で育つため、雑草にも強く比較的栽培しやすい作物だ。
「ああ、それね。兄が以前の赴任地で栽培しやすいと聞いて持ち帰ったの。うまく育ったのだけれど、食べにくいからと貴族や裕福な層は敬遠してしまって···貧困層の食べ物っていわれるくらいイメージがよくなくて。」
「この辺りはそれほど気温が高くないのによく育ったね。」
今の季節は秋だ。
出荷時期としては少し遅い気がする。
「この辺りは陽当たりがいいからだと思うわよ。気温も少し前まではそれなりに暖かかったし。」
そういえば、ここと環境条件が近いフランスも小麦やトウモロコシなどの穀物類の一大生産地だったことを思い出す。もっと南部の方が栽培に適しているように思えるが、そちらは干ばつなどがあるのかもしれない。
何気なく話をしているが、このトウモロコシが様々な分野に活躍する万能物であることはあまり知られていないようだった。
「トウモロコシがあれば、シロップや調理用油にお茶とかいろいろと作れるね。」
「え?」
「トウモロコシはただ食べるだけでなく、いろんな製品にも転用できるんだよ。」
ティファは驚いた顔をしている。
この辺りではまだそこまで考えが及んでいないようだ。
「シロップって、あの甘いやつ?」
「そうだよ。」
「ソー、その話を兄にもう一度してもらってもいい?」
「ん?かまわないよ。」
ちょっとした会話で話が広がった。
こういった些細なことで展開していくのはおもしろい。
その後、ふたりで二時間ほど街を練り歩いて、屋敷へと戻ることにした。
街の端の方が一部スラムのようになっているのが少し気になるが、職にあぶれた者も多いのかもしれない。
「いてて···」
街の中心地までの往復は馬車に乗せてもらっていたのだが、貴族のための仕様とはいえちょっとした起伏で突き上げが起こる。油断していた俺が悪いのだが、帰る途中で車輪が何かを踏んでしまい、その拍子に体が横に流れて頬をぶつけてしまったのだ。
「大丈夫?」
「うん、問題ない。」
足回りが古い造りなので仕方がないのだが、やはり座席に緩衝材を入れているだけでは馬車の乗り心地には限度があるようだ。
屋敷内に入り、ティファと共にユーグの執務室へと向かった。
「今日は外出の予定はなかったはずだから、今の時間なら執務室にいるわ。」
俺は忙しいから後回しにされると思っていた。
しかし、ティファが少し話しただけで、ユーグは仕事を止めて詳しい話を聞きたいと言い出したのだ。
先ほどの話を要約して聞かせると、すぐに商工会の要職が呼ばれることになったのだが、展開が早すぎて呆気にとられてしまう。
何でも、街の活性化についていろいろと悩んでいたこともあり、俺の話に強く興味をひかれたそうだ。特にシロップについては、砂糖がかなり高価なため製造が可能なら革新的なことらしい。
使いを走らせて商工会の会長が訪れるまで一時間くらいだった。あちらも暇ではないだろうに、この到着の早さはこの街をよくしたいという現れなのか、それともアヴェーヌ家の権力の強さゆえなのかもしれない。
「商工会の会長と副会長、それに秘書のカトリーヌさんだ。」
単なるオブザーバーとしての同席だと思ったが、俺がメインでプレゼンするらしい。
元の世界でならテーマにそってパワーポイントなどで資料を作り、主催側の出席者が全員目を通して対策会議をしてから行うような案件だ。
こちらではそういったものなのかユーグがそうなのかは判別できないが、なかなかのキラーパスを投げてくれる。
いちおう、小さくとも元ベンチャー企業のCEOだから、こういったことには慣れっ子だ。大企業よりも相手が同じベンチャー系の起業家だと常識が通じないと思っていい。移動中にプレゼンテーション資料を作成したり、即興でプロモーションを行うなど、頻繁ではないにしても珍しくはなかった。むしろ、大企業を相手にする方が時間の流れがゆったりだった気がする。
「ソー、早速だがトウモロコシの有用性について話してくれないか。」
具体的なテーマはなく、トウモロコシを題材に話を展開しろといわれていると理解した。なかなかのムチャぶりだ。
しかし、そういったケースでは好きにやっていいといわれていると解釈することにしている。
久々のプレゼンテーションだが、なかなか滾るものがあったのは内緒の話だ。