「も、もう一度お願いします!」
倒れた相手が立ち上がり、俺にそう言った。
「ええ、問題ありません。」
その流れで再度間合いをとり対峙した。
ティファの始めの合図の後、彼は先ほどよりも素早い動きで同じような攻撃を繰り出してくる。
俺は半身でかわしながら相手が突き出した拳に手を絡め、小手の部分に指を添えた。
そのままホールドして体を回し、そこで手を少し捻りながら動きを一度止める。
相手はすでに体勢を崩している状態だ。
「ここでそのまま手を捻るとこうなります。」
再び背中から地面に落ちた相手は目をぱちくりさせている。
他の者たちはそれを見て口をあんぐりと開けていた。
自分よりも強そうな人たちがこういった表情を浮かべるのは見ていて楽しかった。
合気道は力学的技術を極めた武道である。
相手の力を利用するため大きな筋力はいらない。また、スピードで勝る相手でも、気を合わせることで相手の攻撃を無力化することができるのである。
ここでいう気とは、相手の攻撃のタイミングや力の向きやスピード、精神的な色合いなど様々なものを含む。そういった法則に抗わずに自然体で迎え入れればそれが技と化す。
ただ、技が上手く決まったからと悦に浸っている俺は、祖父に言わせればまだまだ半人前だったりする。合気道は武術でありながら勝ち負けを競うことをよしとしない。欧米では"動く禅”といわれるほど、自然宇宙との和合を目的としたものなのである。
「次はどなたが参られますか?」
倒れた相手を起こしながら俺はそう言った。
想定外だったのは、その場に居合わせた者たちのほとんどが我先にと挑んで来たことだ。その中にはティファもおり、対戦した相手は全員背中に土汚れをつける羽目になった。
そういえば、ここと環境や人々の特徴が似ているフランスでは、世界的に見ても特筆すべきほど合気道愛が強かったことを思い出す。柔道も強く、武道を学びたいという人が非常に多い。彼らにとって合気道とは、俺から見た魔法のような未知の技術なのかもしれなかった。
「ところで、ソーは木剣を持ってかかって来てもいいと言っていたが、武器を持った相手にも通じる技術があるというのか?」
ティファが瞳をキラキラさせながら聞いてきた。彼女にとっても合気道が魅力的に思えたようで何よりだ。
「武器を奪う技術や剣術などもありますよ。」
あまり一般では知られていないが、合気道は武器を使った技術も数多くある。ただ、現代ではあくまで体術を極めるためにあるといった色合いが濃く、稽古に取り入れていない道場も多いらしい。
「それはぜひ見てみたいものだな。」
「剣術なども体術での基本をベースにしています。今回は···武器取りだけ披露しましょうか。」
あまり騎士たちの鍛錬の時間を奪うのもよくはないだろう。それに、まだまだ読みたい本があるのである程度でお開きにしたかった。
「わかった。では私が相手をしよう。」
ティファが木剣を手に取り正面に歩んで来た。
「好きに斬りかかってください。」
「本気でやっていいのか?」
「もちろんです。」
ティファが正眼で構えた。
先ほどまでとは別人だ。
彼女は思っていたよりも、かなりの腕前を持っていることがわかった。
ティファの呼吸に同調する。
彼女の体の微かな動きを読み取り気を合わせた。
剣先が揺れた瞬間に一気に間合いを詰められて上段から木剣が振り下ろされる。異常な速さだった。もしかすると身体能力を魔法で強化したのだろうか。
だが、俺は木剣が振りかぶられたと同時に外側から自らの体を入れていた。
振り下ろされた剣の柄を握ったティファの両手の隙間をつかんで一度下方に押し下げ、体勢を崩してから上に円を描くように引き上げた。ティファはそのまま回転して地面に倒れこんだ。
「な···」
その瞬間に、木剣は俺の手に握られていた。
「参った。とんでもない達人だな。」
そう言うティファに手を伸ばして体を引き上げる。
「修練を積めばできますよ。あなたは身体能力が高いから、熟達されたら私の方が地面に転がされるでしょう。」
身体能力差があっても負けることはない。
しかし、相手も同じ技術を持てば勝敗は別のところで決まる。
「もっと教えて欲しいのだがダメだろうか?」
上目遣いにそんなことを言うのはズルいと思う。
「どこか行きたいところはある?」
午後からティファとふたりで街に出かけることになった。
結局、あの後にユーグに呼び出されて騎士たちに合気道を教えて貰えないかと依頼されたのだが、返事は少し待ってもらうようにお願いする。
この世界で目的があるわけでもなく、身を寄せる場所もないので願ってもない申し入れだった。
しかし、即答しなかったのには訳がある。
合気道とは体術が基本にあり、騎士の鍛錬に何が活かせるかを考えてから返事をさせて欲しいと伝えたのだ。
体の運用や体捌き、それに呼吸や気の合わせ方は剣術にも役立つだろう。しかし、その場合にどのような鍛錬が望ましいかは、少し考える必要があったのだ。