広い邸宅だと思っていたが、敷地は目を見張るものがあった。
考えてみれば、ここに馬車で来て以来、外に出るのはこれが初めてである。
馬車がつけられた玄関前には庭園と呼べるほどの庭があったのだが、建物の内部には50メートル四方くらいの中庭まで備わっていた。
中庭の地面は石畳ではなく土で整備されている。早朝から昼にかけて、屋敷内に常駐している騎士たちがここで修練を積んでいるのでそのためだろう。投げ技を使う模擬試合をするには最適の場所といえる。
「大丈夫なのか?」
ティファニーから話を聞いたユーグも見学に来ていた。彼にしてみれば、自分の家を警護している騎士たちと俺の体格の違いに不安を感じているのだろう。
中庭に集まった騎士たちはそれぞれに体格差はあるが、総じてマッチョな体型をしている。身長も俺とそれほど変わらず、170センチメートル後半から180センチメートルオーバーの者ばかりだ。
詳しいことはわからないが、彼らは下位貴族出身なのかもしれない。
騎士とは国に仕えるものばかりではない。準男爵以下の一代限りとなる貴族や、それ以上の家に生まれても家督を継げない者は数多くいる。そういった者たちの多くは幼少期から有力貴族の小姓となり、10歳くらいに従騎士、成人時に正騎士になるという流れはよくあることだという。
文献によるとこの辺りもその慣習は根強く、アヴェーヌ家はそれを受け入れるだけの力を持っていると思われた。
現に俺が宿泊させてもらっている離れもそういった騎士や従騎士たちの宿舎を兼ねており、少なく見積もっても10名ほどの者が住居としているようだ。従騎士は大部屋だが、騎士と見られる者たちには個室が与えられていることを思えば、建物の大きさも母屋ほどでないにしてもかなりのものといえよう。
そして、彼らに支払う給金なども少なくはない。それらを賄えているのだから、アヴェーヌ家はかなり裕福な貴族に間違いはないはずだった。
「問題ありません。別に自分が彼らよりも強いと思いあがってはいませんし、今後の生活を思えば自らの実力のほどを確かめるよい機会であると考えています。」
「ふむ。まあ、ティファが無理を言ったのでなければかまわないのだが···」
衛兵とのやり取りのこともある。
それに、文献を漁っている中で前に暮らしていた環境よりも殺伐としたものがあると感じていたため、今後を考えると必要なことだった。
「では、まず互いに素手による取り組みからやりましょう。ソーの実力を見た上で、問題なければ木剣で挑むのでそのつもりで。」
ティファは俺に対して少し厳しい視線を送ってきた。
やはり職業として戦闘に関わる立場から、自らの実力をかえりみない無謀な奴だと思われているのかもしれない。
俺が彼女の立場なら同じことを思うかもしれなかった。
向こうにいる者たちは俺よりも二まわり以上大きい体をしている。それに比べれば、俺などほっそりとした文人にしか見えないだろう。
しかし、勝算がなくてこのような状況を作ったわけではない。昨日窓から見ていた彼らの動きは、前の世界で相手どったことのある軍人とそれほど変わらないものだったのだ。
最初の相手はまだ体ができあがっていない十代前半の従騎士だった。
背は170センチメートルくらいで、体格は俺よりも少しがっしりとしている。周りにいいところを見せようとしているのか少し鼻息が荒い。
「では、急所への攻撃はなし。どちらかが降参するか、続行不能と私が判断したら終了とする。準備はいいか?」
ティファがそう言いながら双方に視線をやる。
「いつでもいけます。」
相手がそう答えたのでこちらも頷いた。
「では、始め!」
その合図とともに一気に間合いを詰めてきた相手は、自然体で構えた俺を殴ろうとしてきた。
刹那、相手は背中から地面に倒れこむ。
「···は?」
俺は相手が繰り出した右手の手首を持って立っているだけだ。技の直後にこの手を外すと、相手は後頭部を強打していたことになる。
「今のが私の技です。」
そういったが、理解出来た者はいなかったようだ。
「今、何が起こったのだ?」
「小手投げという技を使いました。」
呆気にとられた者と、ざわつく者とに別れた。ユーグや後ろに控える執事のドニーズは目を丸くしている。
合気道の技は、見ている者にとって理解しにくい部分がある。すれ違った瞬間に倒されているなど、まるで攻撃している側が自分から倒れ込んだかのように錯覚することも多い。
今回使った小手投げをスローモーションで見ると、攻撃してきた相手の手を巻き込んで横に旋回し、掴んだ小手を軽く捻った動作となる。
小手とは薬指の第三間接のことで、人はこの部分を捻られると簡単にバランスを崩して倒れてしまうのだ。