「これは、我々にも製作できるものだろうか?」
まったく同じ物は難しいだろう。
素材はステンレスとABS樹脂、それにメタルマッチにはマグネシウムが使用されている。
ステンレスにはクロム鉱石が必要で、かつ鉄との合金を作るためには技術的に無理そうだと思えた。また、ABS樹脂も石油を必要とする。マグネシウムについては熱還元法か電解法の知識や設備がいるため論外だろう。
「似たようなナイフを作ることは可能かもしれません。しかし、メタルマッチは大規模な設備も必要ですし難しいでしょう。」
「そう···か。まあ、そうだろうな。」
少し考え込むような顔をしたユーグだったが、すぐに気を取り直したようにこちらを見た。
「ありがとう。とりあえず、その所持品は直してもらってかまわないよ。」
俺はその言葉を聞いてから所持品をひとつにまとめた。とはいっても、今着ている服にはポケットがなかったため、そのままテーブルに置いておく。
「ああ、すまない。収納用の袋を用意しようか?」
「いえ、後で手持ちで部屋に運びますので大丈夫です。」
「わかった。長々とで申し訳ないが伝えておくことがある。」
「はい。問題ありません。」
「君の所持品を奪おうとした衛兵たちについてだ。彼らは取り調べ後に罷免されたよ。それから、君への行いについてケガを負わせたことも含めて賠償を科した。」
目線で合図を送られた執事が革袋を運んで来る。
「彼らが受け取る予定だった今月分の給金と身売りさせた代金だ。3人分あるから、少ないとは思うが受け取って欲しい。」
革袋を開けると金貨がかなり入っていた。
「こちらでこの金貨がどれくらいの価値かわかりませんが、多すぎませんか?それと、身売りというのは何でしょうか?」
「多くはないと思うよ。そのピアスは白金だろう。」
白金とはプラチナのことである。プラチナは地球でも限られた地域でしか産出されず、金の30分の1程度しか出回っていないといわれている。かつてのフランス王が「王にのみ相応しい貴金属」と称したほど希少なものといえる。約20億年前に隕石が衝突して生まれたといわれ、エジプトのファラオが初めて装飾品として身につけた最も高貴な貴金属としても有名だ。
「ええ。」
「だったら奪われなかったとはいえ、その価値は天文学的な数字だといえる。賠償としては安過ぎて申し訳ないと感じているよ。」
「それで身売りさせたと?」
「彼らは衛兵という立場にありながら、盗みを働き君を傷つけたからね。鉱夫として強制労働に就かせることになった。」
「失礼ながら、奴隷ということですか?」
「いや、この国では奴隷という制度は随分前に廃止された。ある程度の自由は保証されている。ただし、限られた空間内でのみだけれどね。」
それは奴隷とどう違うのだろうか。
強制労働と逃げられない厳重な敷地内で生活することは強いられるが、衣食住と多少は自分の時間を持つことを許されるという解釈でいいのか···。
こちらの国にはこちらの決まりがあるのだろうし、あまり深くは考えない方がいいのかもしれない。
「あの3人に家族はいるのですか?」
「ひとりは天涯孤独の身らしい。あとはひとりが母親のみ、もうひとりは妻帯者で子どももいるそうだ。」
「では、この金貨のうちの3分の1ずつをその二つのご家族にお渡しください。差し支えなければ、残りからこちらで滞在させていただいた経費を納めていただければと思います。」
「君の滞在費は不要だよ。それと、ご家族に対する分は同情かな?」
「いえ、私の心がそれで割り切れます。」
「···わかった。そう手配しよう。」
犯罪者には同情するつもりはなかった。
恩赦があっても再犯する奴はいる。それに、無闇に情をかける行為はユーグや衛兵が所属する組織の顔を潰したり、他の衛兵への示しにならない可能性があった。
ただ、残された家族がそのままだというのはどうかと思ったのだ。それを引きずるくらいなら、偽善で金を分配して気持ちを割り切る方が楽なだけだ。
友人に命を奪われた俺にとっては、その程度がちょうど良かった。
「肯定はしなかったが、やはり予想通りのようだな。」
蒼介が退室した後に、ユーグは執事のドニーズにそう話した。
「ヴォワールの石を使って確認していましたが、やはり魔力がないのか何の反応も示しませんでした。」
ヴォワールの石とは、言葉の真偽を確かめられる魔石である。掌で包み込める程度の大きさだが精度は高く、交渉ごとなどを有利に進めることができるのだ。しかし希少性が高く、高価な石のために所有できる者は限られている。犯罪の取り調べでも、貴族が関わる知能犯罪を審議する最高機関でしか使用されていなかった。
ユーグはアヴェーヌ家の直系だが、成人以後に辺境を任地として審議官の地位を務めていた。
審議官とは、国に従事する高官である。
主として事務の重要事項に参画し、総括管理する重要なポストを担っていたのだ。