個人差はあるにしても、日本人は実年齢よりも若く見られがちである。
ユーグは俺のことを年下だと考えていたのだろう。
「24歳です。」
「···え?」
後ろにいた執事まで驚いた顔をしている。
「よく実年齢よりも若く見られますが事実です。」
「そ、そうか。私よりも3つも上だったのか···。」
まあ、白人の方から受ける定番の反応だな。
日本人というより、アジア人は欧米人に比べて顔の凹凸がそれほどはっきりしていない。これが赤ちゃんの時の顔の造りを連想するようだ。また、真皮と呼ばれるコラーゲンが多分に含まれた層が厚く、肌がきれいなのが要因とのことである。
ただ、ビジネスにおいては若く見られることはプラスではない。やはり貫禄や経験値が高そうな外見の方が舐められず、発言にも説得力があるというのは万国共通だったりする。
学生の身分で事業を行っていることにマウントを取りたがる企業人が多かったが、国内外問わず堂々とした態度が非常に重要だというのは経験上で思い知らされたことでもある。
軽く咳払いしたユーグが話を続けた。
「まず、所持品を返しておくよ。」
その言葉に従って、執事が革張りのトレイを運んでくる。どうやら丁重に預かってくれていたようだ。
「差し支えなければ、それについて説明を聞きたい。」
ティッシュは水に濡れてくしゃくしゃになっていたのでもう手もとにはなかった。それに、スマートウォッチは川で流された時に岩にぶつけたようでケース部分が変形して水没している。
残ったのはピアスにハンカチとアーミーナイフ、それとジャンクとなったスマートウォッチだ。
「かまいませんよ。まず、これは時計です。川で損壊して水が侵入したので機能は使えません。」
そう言ってスマートウォッチを持ち上げると、わずかだが内部から水が出てきた。
「失礼しました。」
ハンカチを手に取り、濡れた箇所を拭く。
「そのハンカチも少し手触りが変わっているね。」
ハンカチは一般的なようだ。
「これは合成繊維で作られているからでしょう。」
「合成?」
合成という言語がわからなかったので、わかる範囲で近い言葉を使っている。
「こちらでは綿や麻が一般的なのかもしれません。これは型崩れや色落ちのしやすい素材で、石油という油を原料にしています。」
「石油?」
どうやら石油は知らないらしい。
地域性にもよるが、石油は紀元前から知られていた。古くからアスファルトの原料や医薬品、場所によっては灯油にされていることもあるようだ。こちらの地域では存在自体が一般的ではないのだろう。
「遥か昔の生物の死骸が変化したものです。」
「それは···その布はこの辺りでも製造できるのだろうか?色鮮やかだから需要がありそうなのだが。」
「難しいでしょう。精製技術は複雑で初期投資も莫大ですし、何より石油が見つかるかわかりません。」
「そうか。では、その時計というのはどうだろうか?そのベルトを手首に巻くようだが、我々が手に入れることができる懐中時計をそういった形に変えられれば有用だと思うのだが。」
「使う素材にもよるでしょうが、不可能ではないかと思います。ただ懐中時計だと大き過ぎるので、時計そのものを小型化する必要があるかもしれませんが。」
「なるほど。興味深いな。」
確かに目には強い興味が宿っていると思われた。ただ、ユーグの場合は新しいものを技術として受け入れたいと思っている可能性が高い。
「こちらは試されましたか?」
俺はアーミーナイフを目線まで持ち上げた。
「いや。不思議な素材が外側に貼ってあるが、何なのかがわからなかった。」
ふむ。折りたたみナイフも存在しない可能性があるこちらでは、どのように使うか想像できないのだろう。
十徳ナイフとも呼ばれるアーミーナイフの起源はかなり古い。西暦200年頃のローマ帝国でスプーンやフォーク、つまようじなどが収納できるものが見つかっていたりする。
「これはひとつのケースに様々な機能が集約されており、折りたためるのですよ。」
俺は実際にナイフやコルク抜きなどを引き起こして説明した。
「その緑色の物は?」
メタルマッチのマグネシウム部分だ。何色かのラインナップがあり、俺のアーミーナイフには緑色のものを付けていた、
「これはメタルマッチと呼ばれています。少し失礼しますね。」
ナイフとメタルマッチを擦り合わせて火花を出させる。
「ほう···魔法でもなく火を起こせるとは。火打石みたいなものか。」
魔法?
こちらでは魔法で火をつけるのが一般的なのか?
俺にすればそちらの方が驚きである。
「私も試してみていいかな?」
「どうぞ。」
俺は説明した後に刃を収納し、ユーグの前の机にアーミーナイフを置いた。
刃物類でもあるので手渡す動作を警戒される可能性があると思い、手渡しはしないようにしたのだ。
メタルマッチでの着火はコツがいる。
アドバイスをしながら試してもらったので、数回目にはうまく火花を出せたようだ。