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第16話

何者かと問われたら、どう答えるべきかは思案していた。


正直に話すべきか否か。


前者は妄想癖があるか狂人と思われるかもしれない。しかし、ごまかしが通用するかはこれまでの常識では計り知れなかった。


魔法が存在するのであれば、他人の心を読めるか言葉の真偽を確かめることができるのではないかという憶測に至るのだ。


もし俺が嘘をついて見抜かれれば、ここまで良くしてくれた彼らを裏切る行為になる。


そこで出した答えはシンプルだった。


嘘はつかずに余計な話をしないというものだ。


言語が理解できたので会話に齟齬そごは生じにくいだろう。しかし、状況をアップデートするためには相手から先に情報を引き出す手法を使わなくてはならない。


不慣れな言葉に苦労する姿勢を見せて、相手に主導権を譲り聞き手にまわる。答えにくい質問には、躊躇う仕草や間をうまく使いやんわりとはぐらかす。


これらは外資系企業の優秀なセールスパーソンが無意識に使う手法である。


「何者だと思われますか?」


質問に質問で返した。


社会的地位の高い相手、特に高貴な者に対しては悪手である。


この対応は相手の感情を揺らすおそれがあり、高確率で不信感や苛立ちを感じさせるだろう。


しかし、ユーグは明晰な頭脳と感情をコントロールする術を持っていると思っていた。


彼なら、俺の意図が読めるだろうと考えてのことだ。


「···やはり、言い難い内容のようだね。」


予想通りの反応だった。


ユーグは感情を荒立てずに俺の真意を読んだようだ。


「では、アプローチの仕方を変えよう。答えられるものだけ応じてくれればいい。」


「ご配慮、感謝します。」


そう返すとユーグは微かに笑みを見せた。


「まず、君の髪や瞳の色は黒だ。この辺りでは見かけることがない。それは遠いところから来たということだね?」


「はい。」


「次に、君は不思議な体術を使うと聞いている。それは生まれ育った場所特有のものと考えて間違いはない?」


「ええ、そうです。」


「頭部の傷を治療するために治癒士が回復魔法を施そうとした。しかし、君には効果がなかったようだ。もしかすると、君は魔法が使えないのではないかな?」


やはり魔法が存在するのだ。気づかれないようにしてはいたが、全身に鳥肌が立ったような気がする。


「使えません。」


「君は、もともといた場所で賢聖や賢者と呼ばれていた?」


その質問への返答に一瞬とまどってしまった。


なぜそんな質問をするのかがわからない。


しかし、ここで嘘は言えなかった。ユーグの背後に控えている執事の様子が少しおかしかったのだ。目を固くつぶり、何かに集中している様子に見える。もしかすると、こちらの言動の真偽を魔法で見定めているのかもしれない。


「···一部の人には、賢者と呼ぶ者もいました。」


ブログのプロフィール欄に載せていた管理人名がまさしく賢者だったのだ。当時のあだ名をそのまま引用したのだが、ずっと後悔していた。


「なるほど···。」


嘘を言っているわけではないが、ユーグがどう捉えるかは興味深かった。


普通に考えれば、馬鹿馬鹿しいと思われる呼称である。元の世界なら厨二病もいいところだろう。


「最後の質問だ。君はシャーナという言葉を知っているかな?」


「執事の方に言語を学ばせていただいたときに何度かお聞きした言葉です。それまでにも聞いたことはありますが、私の故郷とは別の地域の言葉で星という意味だったと記憶しています。」


ユーグはじっと俺の目を見ていた。


真っ直ぐに見返してそれに応じる。


しばらくして、ユーグは執事に目線をやった。


執事はゆっくりと左右に首を振るだけで、特に言葉を挟むことはない。


「少し重い雰囲気になってしまって申し訳ない。これまでの質問に関する意図は改めて説明させてもらうよ。」


「わかりました。」


詳しいことはわからないが、彼らにとって必要な質問は終わったようだ。


「続けて、耳に入れておいた方がいい話をしよう。気を楽にして口を潤しながらでも聞いて欲しい。」


そのタイミングで執事が動き、飲み物を入れてくれた。


紅茶などではなく、グラスに入った淡い色の液体だ。香りをかぐと薄らとワインの香りがする。確か、ヨーロッパで紅茶が飲まれるようになったのは16世紀以降だったと記憶している。となると、目の前の飲み物は水に消毒効果を期待してアルコールを入れた飲料ということになる。


「ありがとうございます。」


少し口に含む仕草をしておく。まったく飲まないというのは失礼にあたるだろう。


「そういえば、ソーはいくつなのかな?ためらわなかったところを見ると16歳以上だとは思うが。」


ああ、なるほど。


彼らは俺のことを試したのだ。


飲むのをためらうとアルコール飲料が飲めない年齢ということだろう。中世ヨーロッパの飲酒が可能となる年齢は、地域やアルコール度数にもよるが16〜18歳だ。この国では16歳から可能ということになる。成人年齢とは別物ということでもあった。




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