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第13話

しばらくして、あの青年が入ってきた。


隙のない服装と身のこなしをしている。


貴族かもしれないという固定観念を持たないようにして、さりげなく彼の挙動をチェックした。


一言でいえば、育ちの良さはあるがどこか荒々しさを内包した不思議な雰囲気だ。


良い意味で貴族然としていないことに興味をひかれる。


もちろん、本物の貴族に出会ったことはない。史実に基づく記述、メディアを通して元貴族や華族の家系に生まれた人々を見て想像を膨らませていたくらいだ。


しかし、目の前の男はその印象とはずいぶんと違う。


つくり笑いではなく、嫌味のない笑みを浮かべている。俺に対する視線は品定めをするといった不躾なものではなく、興味深けな色合いが濃い。


生まれもった権威や経済力に呑み込まれずに生きてきた証拠だと思えた。


自己を研鑽し家名倒れになることを拒んだ努力家か、強い責任感の持ち主といったところだろうか。


青年が自己紹介を始めた。


名前はユーグ・ド・アヴェーヌ。それ以外のことは言葉を読み取れなかった。


フランス革命前の貴族は苗字の前にドが置かれたそうだが、それと同じだろうか。となると、ドはdeで前置詞の"の"という意味があるが、それと同じ解釈なのかもしれない。そう考えると、単語は異なるがフランス語と同じルールで言語を理解すればいいのかもしれなかった。これが正しいのであれば、言葉の習得はそれほど困難ではないかもしれない。街中で聞いた言葉にはやはり訛りやスラングが多かった可能性がある。


それにアヴェーヌという言葉はフランスの貴族にもいた名前だったように思う。気候や動植物を考慮すると、それに近い風習や文化かもしれない。


ユーグは質問や何かの説明のようなことを話しているようだ。しかし、内容はほとんど理解できない。正確な発音で話してくれているのだと思うが、早過ぎて聞き流してしまう。俺は思わずこう言った。


「言葉···あまり···わからない。先に···教えて···欲しい。」


カタコトもいいところだが、互いの意思疎通を得るならそれが一番近道だと思えたのだ。




読み書きを学びたいと意思表示したのはいいが、普通なら受け入れないだろう。


相手はおそらく貴族である。


何の因果か屋敷に呼ばれたが、単に事情や俺の素性を聞きたいだけのはずだ。街中を歩き回って思ったが、黒髪の人間は他にいなかった。そして、俺の体格は平民よりも貴族に近い。単に成長過程の食事に影響しているだけだが、こちらの世界では背の高さや肩幅は平民と金持ちでは明らかに違う。


そう考えると、ユーグから見て俺はどこかの国の貴族や王族に見えるのかもしれない。所持品であるプラチナのピアスも高価な装飾品としてその印象を強くしている可能性が高かった。


あくまで推測に過ぎないが、門兵に連行された俺を誰かが他国の賓客ではないかと考えて、ユーグかその家人に連絡を入れたのではないかと思う。


こちらにとっては都合のいい勘違いだが、この後にどう説明すべきか難しいところだった。


ただ、言葉が通じない今は下手に話をしない方がいいだろう。話が噛み合わないだけでなく、取り返しのつかない誤解を招く可能性もあるからだ。


だからこそダメもとで言葉を学ぶ状況を作って欲しいと言ってみたのだが、ユーグは二つ返事でそれを受け入れた。


別室に案内されて軽い食事をふるまわれ、その後に執事が基本的な字母表を提示して一語ずつ発音を聞かせてくれたのだ。


字母とは地球でいうアルファベットで、こちらの地域には21文字存在した。それに加えて残り5文字が別紙にあり、執事の説明を聞く上ではその5つの頭文字を用いる単語は外来語らしい。


なるほど、理解しにくいはずだった。


英語やフランス語のアルファベットは26文字である。しかし、こちらの地域は外来語を加えて同じ字母数であり、街中ではそれらをあまり使っていないようだ。しかし言葉の端々には出てくるため、理解しにくかったのかもしれない。


発音に関しては母音がはっきりとしており、単語はその母音に従ってローマ字読みするような感じである。字母数も含めて印象的にはイタリア語に近いといえた。巻舌はそれほど使わず、執事が読み上げる言葉を音声と口の動かし方で覚えるとわかりやすい。この辺りはフランス語の習得方法に近いのかもしれない。


二時間ほどレクチャーを受け、その後はとにかくこちらの発音で読めるように簡単な児童書のようなものを借りて音読を繰り返した。


約一時間ほどで執事からOKのサインが出たので、とりあえずは発音はマスターできたようだ。


気がつくと夜になっていたため、そのまま客間に通されて休むように言われた。それから二時間ほどは他に借りた本を音読し、とにかく読み方を体に馴染ませる。


久しぶりに言葉の学習をすることになったが、新鮮で楽しかった。


あとは発音を無意識にできるようになり、とにかく会話や読書をすることで覚えるしかないだろう。




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