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第12話

俺は運が良かったのだろう。


理由はわからないが、あの貴族らしき人物に身柄を引き取られた。馬車の持ち主に何度か事情を尋ねていたようなので、それが功を奏したのかもしれない。


何をさせられるのかと勘ぐっていたのだが、同じ馬車に乗せられ屋敷に連れて帰られたのだ。


貴族が出自のわからない男に対してこういった態度をとるのはありえないことだろう。


万一に備えて、屈強な騎士のような男と軽鎧を着崩した女性も同じ空間にいたが、護衛か何かのように思えた。


ただ、女性の方は貴族の男性と容姿が似ている気がする。髪の色がまったく違うのでわかりにくいが、目鼻立ちは近い造形をしていた。


あまりじろじろと見るのも失礼にあたるため、目を閉じて頭を整理する。窓の景色を見て情報を得たかったが、護衛についている他の騎士が馬で並行しているから大して見えなかったというのもあった。


そしてよほど疲れていたのか、知らない間に眠ってしまったようだ。


なぜか、この空間にいる者たちには警戒心を抱かなかったからかもしれない。




屋敷に着くとすぐに医師のような男に目を見られ、その後に傷の具合を診察される。そこで後頭部に手を添えられて何かをつぶやかれたのだが、すぐにその行為が何だったのかは理解できなかった。


医師らしき男は何度か同じことを繰り返していたが、最終的に諦めたような顔をして部屋を出ていく。宗教的な儀式か何かと思ったが、結局その行為の意味はわからなかった。


その後は湯浴みをさせられ、案内された部屋でメイドが傷の手当をしてくれたのだが、そのときになってようやく先ほどの行為が魔法による治療だったのではないかと思いあたる。ただ、あの反応を見ていると魔法が効かなかったのかもしれない。


魔法があるかないかについては今のところ不明なので、後で調べてみるしかないだろう。


そして俺の所持品は、あの貴族に預けたままになっている。


広大な敷地にある大きな屋敷だった。


華美ではなく質実剛健といった装いで、屋敷内もシンプルだが良い素材を使っているのが目に見えてわかる。それなりに年月を経た建物だろうが手入れが行き届いていた。


何人かのメイドたちとすれ違ったが、挨拶や動きを見ていてもかなりの教育を受けているようだ。


その後、通された応接室では護衛役だった男がずっと張りついていた。


直立不動でドアの横に立ち、こちらに嫌な目線を送ることもない。騎士然としているが、実際の騎士というのは騎士道精神を重んじている洗練された存在ではない。確かに子どもの頃から主君に仕え、従騎士から騎士へと叙任されるため有能だといえる。しかし、多くの騎士は成果に見合った報酬がなかったり、主君の立場が悪くなると見限って別の者に仕えるのがあたりまえだったそうだ。


そう考えると目の前の男は職務に誇りを持っているというよりも、しっかりとした成果報酬を受けているのかもしれない。そして、こういった部下がいる者は地位や経済力が高いのだと思われる。


貴族の中でも上位に身を置く者だろうか。


ここに連れて来た男がその爵位持ちとは思えなかった。どう見ても二十歳前後に見えたのだ。


文化が違うため成人年齢は異なるかもしれない。しかし、それでも若すぎる。


中世ヨーロッパの成人年齢は21歳が多かったそうだ。


時代の流れで若年化していき18〜20歳となった国々も多いらしく、アメリカでは州によって成人年齢が異なる。


ラノベの異世界転生物では15歳という設定が多いが、あれは読者や作家の願望を具現化したものなのかもしれない。その辺りの年齢で成人を迎えるのは、プエルトリコの14歳やネパールとキルギスタンの16歳、北朝鮮の17歳あたりくらいだろう。


因みに、世界的に18歳を成人年齢としている国が多いのは、国際法の「児童の権利に関する条約」で18歳未満はすべて児童であると定められているからだ。


この条約は1989年の国連総会において採択されたものである。現代社会の常識でいうと、15歳の児童を冒険者として命の危機にさらす異世界はかなりのブラックだともいえるだろう。


日本の場合は奈良時代から江戸時代以前の元服が成人の義にあたり、宮廷や貴族の間では13〜15歳で大人の仲間入りを果たしたようだ。ただし、いずれの時代も平均寿命が30歳以下だったこともあり、今の常識にはあてはまらない。


余談だが、中世貴族の婚姻は女性の初婚で17歳、男性なら30歳前後であることが多かったという記録もある。あくまで富裕層の結婚適齢期の話で、それ以外の階層では結婚はもっと後だったそうだ。ラノベやWeb小説を読んで、そのあたりの史実を理解したと思ってしまうと、後で恥をかくことになるのでやめた方がいい。


話を戻すが、この屋敷の主が先ほどの青年かは正直なところわからない。


爵位は兄弟全員が継承できる大陸の爵位と、爵位継承順位が一位である者のみが継承できる英国爵位とに分類される。これらを世襲貴族と呼ぶが、基本的に爵位は終身のため、爵位保有者が生前に譲ることはない。


もしあの青年の父親が爵位保有者で、すでに亡くなっているとすれば考えられないことではない。しかし、爵位の継承には国主の承認が必要なことも多いはずである。


持っている知識で考えれば、こういった疑問が出てしまう。しかし、この世界がどこかもわからなければ、国ごとの決まり事も自分の知識が当てはまるかも不明なのだ。


正直にいうと、今の状況に鳥肌が立っている。


異世界に転生したのであれば、これまでの知識は通用しないかもしれない。だが、逆にいえば新たな知識を吸収できる機会だともいえる。


そう考えるとわくわく感が抑えられないのだ。


かつての知人が俺の知識欲は変態的だと言ったことがある。


確かにそうかもしれない。


しかし、それの何が悪いのだ。


この訳のわからない状況に、俺が初めて期待を持った瞬間だった。




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