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第11話

かなりの間が空いてから、片方がこちらへと近づいてきた。剣を胸の高さで水平に構えている。どうやら前者を選択したようだ。


鉄格子があるため、突きのスピードはそれほど速くない。


俺は余裕を持って相手の肘関節とは逆位置に旋回し、間合いを詰めた。


手首を掴んで勢いよく手前に引く。


鈍いがはっきりとした音が鳴り、男の腕が折れたのがわかった。鉄格子が梃子の役割を果たすため、大した力はいらない。


剣を奪い取って絶叫をあげる男の首もとに刃を押し付ける。


俺は人の命を奪ったことはないし、これからもその経験をしたいとも思わない。しかし、相手がその気なら躊躇う気はなかった。


後ろで目を見開いている男に目線で鍵を開けるように指示する。


動きを見せなかったので掴んでいる男の腕を揺さぶった。


骨の折れている男はさらに苦悶の声をあげる。


不思議なことに罪悪感も恐怖も感じなかった。


いろいろとありすぎて頭のネジが吹っ飛んだのかもしれない。


人は心のキャパシティを超えると、普段は絶対にしないような大胆な行動をとる場合がある。俺の場合は脳の情報処理が過密状態となる情報過多シンドロームに陥ることがたまにあるが、どちらにせよ心や脳が限界突破したのだと思えた。


非現実的なことが続きすぎた副作用ともいえるが、躊躇いがなくなったことは今は感謝すべきだろう。


何度か鍵を開けろと催促のサインを出していると、ようやく無傷の男が壁に吊るされていた鍵を取りに動いた。


ここから出たらこいつらを中に押し込めて鍵を締め、手早く街を去ろうと思う。


後のことはノープランだが、追っ手が来ることも予想して動かなければならない。


頭の中でそういった思考をしながら状況を見守っていると、間が悪いことに部屋の扉が開かれた。


状況的には最悪といっていいだろう。


「何をしている!」


扉を開いた人物の第一声はすぐに理解できた。


室内の状況を見て一瞬固まってはいたが、すぐに冷静な表情になっていくのが見える。こいつらの上司かもしれない。


その後ろからはあの馬車の持ち主とふたりの門兵らしき人物、そして最後に高級そうな装いをした背の高い男が入ってきた。


「こいつらが···盗った。」


俺は咄嗟にそう答えた。


言葉を間違えていないかひやひやしながらも、顎で目の前の男たちを示す。


「···················。」


一番最初に入ってきた者は、状況を理解しようと頭を働かせているようだ。


そして最後に入ってきた男は黙って机に近づき、俺の所持品に視線をやる。すぐに視線を巡らせて言葉を放った。


「見る限り···兵たち···これを···奪おうと···」


相変わらずはっきりとはわからないが、言葉の端々に状況を理解したような内容とニュアンスを感じた。


高級な装いや体格を見る限り、貴族というやつかもしれない。社会的にもそれなりの地位にあることは容易にわかった。


素早い状況判断から、頭の回転も早いのだろうと推測する。


問題はそれでどう動くかだった。


状況は好転しないかもしれない。 むしろ人が増えたことにより、逃走という選択は絶望的になったといえるだろう。


目の前にいるのが盗みを働こうとした兵士の同類とそれを管理する貴族だとすると、手っ取り早く状況を処理しようとする可能性があった。すなわち、俺を罪人として処断し、管理責任を負わないように臭いものには蓋をする結末だ。


この辺りは新たに現れた者たちの良識に賭けるしかないが、個人的には貴族は利己的で残酷だというイメージしかなかった。


歴史を紐解いても貴族の悪行は少なくない。


現代の政治家同士の暗闘も貴族の血で血を洗う政争に比べればまだ穏やかなもので、人権など存在しない圧政の数々も史実に残っている。また、有力貴族の女子相続人との誘拐婚や、平民の花嫁に対する初夜権は真偽はともかくとして有名だろう。


本来、貴族とはもともと戦争などで軍の先頭に立つ高貴な心を持つ者をいう。しかし、ルイ14世時代に軍隊が近代化して貴族が陣頭指揮を取ることがなくなったことにより、生まれながらに贅沢や特権を欲しいままにする驕りの象徴となったようだ。


この地域の歴史はわからないが、悪い貴族ではないことを祈るしかないだろう。


貴族らしき人物と門兵の上官らしき人物が何かを話している。


小さい声なので何を話しているかはわからないが、善後策について相談しているとしか思えなかった。


頼むからこの場で俺を処刑するなどという決断はやめて欲しいところだが、それがまかり通る世情なのかも知らない。


軽くため息を吐き、後ろの壁に体を預けて状況を見守ることにした。


相手の出方を見てから次の行動に出るしかないだろう。




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