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第10話

気がつくとうつ伏せに転がっていた。


門兵らしき男たちに連行されて建物の中に入り、そこで所持品を出し簡単な尋問をされたことまでは覚えている。そして、すぐに後頭部に激痛が走った。


頬を伝って何かが流れ落ちていく。


後ろから殴られたのだと思った。


目の前には簡易な鉄格子があり、その向こう側で奴らが笑っている。


手には俺の所持品であるアーミーナイフがあり、どうやって使うかを検証している姿があった。


別の男が囲っているテーブルから小さな何かを拾い上げる。


鈍色に光るそれは俺のピアスだ。


「白···貨と同じ···高く···。」


断片的だが、俺のピアスが高く売れると言っているように聞こえる。先ほどまで街の中でこの辺りの言語に触れ、拙いながらもコミュニケーションをとっていた成果だ。まだ発声できるまでのものではないが、ごく簡単な単語なら何を言っているかが少しだけわかる。


装いを見る限り、彼らは街を守る職務にあると思えた。


日本では少ないが、国によっては悪辣な警官が跋扈ばっこしていることもある。彼らにとっては当然の特権だと思っていることもあるらしく、中には組織ぐるみで不正を働く場合もあるようだ。


こちらでも似たようなものなのかもしれない。


ふざけるな。


逆うらみで殺され、不条理にもわけのわからないところに飛ばされた。


ようやく街を見つけてこれからどうするかを思案し、頭をフル回転させていただけだ。


こんな···こんな理不尽を黙って受け入れられるか。


俺はふらつきながらも立ち上がる。


幸い、頭のケガはそれほどひどくはないと思えた。


鉄柵を蹴る。


大した音は出なかったが、男たちはこちらが意識を取り戻したことにようやく気づいたようだ。


このまま黙って状況を受け入れても、この後の結末は予想できる。


こいつらは俺を罪人に仕立てるつもりだろう。


所持品を奪ったことで解放される可能性はなくなったといえる。


奴らは尋問でこちらが話せないことを知っていた。


しかし、解放すれば誰かに自分たちの不正をバラされるかもしれないのだ。話すことはできなくとも、伝える手段は皆無ではない。


だからこそ、こいつらは俺を処分する。


命を奪うのか、身柄をどこかに放り出すのかはわからない。監獄に入れられたら他の囚人からの迫害が予想できる。どこか過酷な環境で強制労働を強いられたり、最悪の場合は処刑される可能性すらあるのだ。


日本人は他の国の人たちと比べて奥ゆかしいといわれる。ただ、それもときと場合によっては自らを危険にさらす。


祖父や親交のあったアメリカの兵士から学んだ教訓のひとつに、自己主張ができなければただ利用されて終わるシチュエーションがあるのだということがあった。


相手が悪意を持って接するのであれば、それ相応の態度が必要なのだと。


大丈夫だ。


怒りで我を失ってはいない。


天井は一般的な高さで、奴らが腰に下げている剣はまともに振り回せないだろう。


モーションが少ない突きなら捌くことは可能だ。


俺は素手だが、壁や鉄格子を武器や防具にすることができる。


合気道は受けの武術だといわれているが、実はそうではない。


一般的な武術は攻撃手段に特化した技術が華型とされるが、合気道は投げる、極める、打つといった体術に加えて剣術や杖術も網羅する。


その幅広い技術は、一対複数で対峙した場合でも瞬間的な反応による迎撃を実現させた。相手の攻撃がなければ戦えないと勘違いされているのは、合気道には試合がなく打撃技の稽古も少ないからだといえる。


しかしメジャーな武道の中では、もっとも古武術らしい実戦的な技術を修めるのが特徴だ。


男のひとりがニヤニヤと笑いながらこちらに近づいてきた。


何かを話しながら向って来るが、スラングで汚い言葉を吐いてるのかもしれない。ただ、嘲笑を浮かべ、ときおり他の仲間を振り返って同意を得るように言葉を発している。他のふたりもそれを聞いて同じような表情をしていた。


鉄格子に顔を近づけて嫌らしい笑いを満面に浮かべている。


俺は鉄格子の隙間からその襟元を掴み、手前に引っ張って奴の顔面を鉄格子にぶつけた。


「!?」


そのままもう片方の腕を伸ばして奥襟を掴む。


親指の下にある手首を巧妙に使い、頸動脈を締めあげる。衣紋締と呼ばれる絞め技の一種で、2〜3秒ほどで相手の意識を落とした。


脳への酸素供給が絶たれた男は膝から崩れ落ちる。


何が起きたかわからないふたりの男は固まっていた。


俺は少し後退し、ようやく剣を抜いてかまえる男たちを黙って見ていることにした。


鉄格子越しでも剣が届く位置にいる。


このまま隙間から突いてくるか、鍵を開けて対峙するかの二択をとってくれたらいい。




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