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第9話

市場を見て回った。


リンゴは並んでいるがレモンは見あたらない。


肌で感じる気候がこの事実を証明している。


リンゴはヨーロッパやアメリカで中世から栽培が盛んだが、レモンは温暖な気候でしか育たない。そう考えるとまだ温室栽培はないのかもしれない。ヨーロッパで温室が建てられたのは17世紀以降だったはずだ。


ブドウを見ることはなかったが、ワインが置かれているのが見えたので存在はするようだ。販売されている商品を見る限りフランスの地域性に近い気がする。もちろん現代のものではなく、はるか昔のものである。


市場に並んでいる商材は、その時の文化を垣間見ることのできる貴重な情報源といえた。


特に食材や生活雑貨、金物は文化レベルを図るのにちょうどいい。


喧騒のなかで人々の会話を聞き、言語理解を努めるようにした。


店先に価格の札がある所もあり、そこに書かれた表示を素早く観察する。


リンゴ1個が10。その後ろに書かれた文字かマークの様なものは通貨単位だと思えた。


時期や品種にもよるが、リンゴ1個は日本で130円前後ではなかったかと思う。他の物の価格にも目をやり、物価水準を考える。


日本と同じ感覚で物の価値を測るのは難しそうだ。近場で生産されているのであれば安価だが、遠距離からの配送なら輸送コストがかかる。車が存在しないなら燃料費などはかからないだろうが、搬送中に獣に襲われるリスクは当然あるだろう。


それに、この周辺に農耕地は見あたらなかった。この都市の外周壁内にあるのかもしれないが、まだ全容は見れていない。


まだ今夜寝るところすら目処が立っていないのになぜこのような悠長なことをしているのかというと、所持品を換金するにしても言葉や相場を知らなければ話にならないからだった。


価値のあるものであれば、今夜の夕食や宿代くらいは確保できるだろう。


しかし、「話が通じない」「物の相場を知らない」なら買い叩かれて終わる。そうなると明日以降の手持ちがなくなり、さらに途方に暮れるしかなくなるのだ。この辺りは海外で放浪するときの感覚に似ていた。


ゆっくりと店を周り、たまに挨拶程度の会話をかわす。


最初は発音が悪くて首を傾げられたが、繰り返すうちに品物の名称を聞くと答えてくれるようになった。やはり言語は習うより慣れである。


ただ、相変わらず俺への視線は減らなかった。


服装や髪色を比べると、明らかに異質な人間なのだから仕方がないともいえる。


そして、やはり周囲の人たちはみんな背が低かった。男性で160センチメートル前半、女性で150センチメートルそこそこが平均といった感じだ。


たまに裕福な装いをしている者を見かけたが、その人たちは相対的に背が高い。これは普段の食事が影響しているのだろう。やはり中世ヨーロッパ時代の身体的特徴と酷似している。


もしかして異世界転生ではなくタイムリープなのではと思ったが、やはりその時代も言語は大きく変わらないはずだ。あの時代は侵略やら民族の大移動などもあったと思われるため、俺が知らない言語なだけかもしれないが。


そんなふうに考えていると、教会らしき建物が目に入った。


教会でホームレスに施しなどをしているなら、今夜一晩くらい泊めてもらえないだろうか。そんなことまで考えるようになっていた。


近くで大きな声があがる。


そちらに視線をやると、見たことがある顔のような気がした。


ああ、3人の盗賊に襲われていた馬車の持ち主だ。ちらっと見ただけだったので確証はないが、髪型と服の色が一致した。


薄情にも俺を置いて逃げたのだから、金一封くらいくれないものだろうか。


何か話そうとするその人を見ていると、後ろから駆け寄ってくる足音が聞こえた。


振り返ると、門兵と似たような格好をした男たちがこちらに向かって来ている。視線はまっすぐに俺に向いていた。


まさか、目の前の男が俺を盗賊の仲間だとして通報したんじゃないだろうな。


その男に視線を戻すと、彼はご丁寧に近づいてくる男たちを手招きしながら俺を指さしていた。


嫌な予感しかしない。


逃げるかどうか迷ったが、ここで逃走すればさらに誤解を招きかねない。賭けにはなるがその場にとどまることにした。


しかし、意識を取り戻してからトラブルばかりだ。


いや、これで牢屋に入れられたら食と寝床を確保できるかもしれない。


どうせ一度死んだ身である。


それに、俺をこの場に引っ張ってきた神なり悪魔なりがいるなら、簡単には死なせはしないだろう。最悪の結末を迎えたとしても、生きたまま獣に食い殺されるよりはマシだと思うことにした。


度重なる非現実的な出来事に、俺の頭は少しおかしくなっていたのかもしれない。









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