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第8話

あまり考えたくはなかった。


しかし、頭で葛藤があるのはわかっている。


俺は別の世界、少なくとも日本でない所に来ている可能性があった。


まだ確証はない。


可能性の話として、言語について引っかかりを感じるのだ。


あの3人が少ないながらも発していた言葉に聞き覚えはない。


言葉というものには共通点がある。どの国の言葉も主語と述語がつながっているのだ。ただ、目的語が動詞になるなどの違いがあるため、文法はその地域のルールを知る必要がある。また、発音に関しては母音や子音の数が違うため、その辺りを理解することも必要だ。


因みに、理解というのは感覚的なもので問題ない。


例えば、英語を話せるならフランス語の習得はそれほど難しいものではないといえる。フランス語は動詞の活用が多いが、英語の語彙の3分の2はフランス語から来ているといわれるほど単語が似ていたりする。また、中国語とベトナム語では修飾語の置き場の違いしかなかったり、ポルトガル語とスペイン語は方言程度の差しかないといった類似点が存在する。


脱線したが、あの3人が使っていた単語はまったく聞き覚えのないものだった。癖の強いスラングだったとしても、部分的には解釈できるものだったはずだ。


そう考えると、知らない国にいると短絡的な考えが頭をよぎる。


ここが日本であれば、国交のある外国人しかいるはずがない。その外国人が使う言葉なら、聞き覚えのあるもののはずだという理屈である。


事故死、そして無傷での復活。


日本の本州にいないはずのヒグマに、ペニーロイヤルミントの自生。


初めて聞く言語。


そして、白人にも関わらず、全員が165センチメートル程度の身長。


現在の統計でいえば、中欧の一部から南欧にかけての男性は白人でも低身長な方だといえる。しかし、それでも平均的に日本人の身長よりも高いはずなのだ。


これらの事実から導き出せる答えは、今俺がいる場所が現代の日本ではないということである。


いや、さすがに短絡的過ぎる。


街にたどり着いて他の人々を見ればはっきりするだろう。


小さな疑念の積み重ねが心を不安にさせる。


しかし、前向きに考えれば死んだはずの俺がこうして歩いているのだ。


これが現実であれば、悲観すべきことではないのかもしれない。


気持ちを切り替えるのに少し努力が必要だった。


それから数時間かけて、俺はようやく人が暮らす場所へとたどり着いた。


そして、ほんのわずかな期待は無残に崩れ去ってしまったようだ。


目の前に街がある。


平原の中を通っている川に面した大きな街だ。


城壁のような高い壁に囲まれて街の全容は見えない。ぱっと見たところ、城砦を彷彿とさせるものだった。


「マジかよ···」


何かの漫画かアニメで見かけたような景色だ。


どう頭を働かせても日本のものではない。いや、世界中にこのような街があるとも思えなかった。


異世界。


ファンタジー。


流行りのラノベ。


頭の中でそういったものが連想される。


どうやら、俺は異世界転生した···のかもしれない。




街の中へはそれほど苦労せずに入ることができた。


中に入る時に検問所のような所があり、そこで簡単な身体チェックを受けるだけで入れたのだ。


門兵のような人たちが何人もいて通行人をチェックしている。


黒髪が珍しいのか、頭をじろじろと見られた。視界に入る人々はすべてが白人で、東洋系はおろか別の人種らしき者は誰ひとりとしていない。所持品チェックで出した物を見て目を丸くしていたが、特に話しかけられることもなく身振りで行けと言われたので先に進んだ。


面倒くさそうな表情をしていたので、危険な所持品がないかのチェックだけで済ませられたのかもしれない。


シチュエーション的にわくわくドキドキしてもよさそうだが、残念なことにこの先のあてがなかった。


金もチートもなく、神のお告げも聞かされていない。


これからどうしようかという思いしか湧かなかったのだ。


少し歩いてから建物の壁に体を預け、通りを観察してみた。


行き交う人々の会話をそれとなしに聞くが、やはり知らない言葉のようだ。


ピアスを売りに出すにしても、まずは言葉が通じないことが最初の不安としてあった。換金できなければ衣食住はまかなえない。


異世界に来たかもしれないことは、もうどうでも良かった。


まずは生きるためにやるべきことをやろうと思う。


同じところにとどまり、人々の会話に耳を傾けて口の動きを見る。


対話相手との関係を想像しながら会話の中身を推測し、似通った発音や表現を頭の中で反芻する。


様々な会話の中にも共通する言葉があり、呟きながら自分のものにしていった。


俺の特技のひとつ。


リスニングで短期的に言葉を覚える術だ。


単純な会話、挨拶や接客に使う用語などを覚えていく。そこで使われる母音や子音を結びつけ、短い言葉を脳に刻みこむ。


名詞については視覚を通して何について語られているかを推測することで、物の名称を刷り込んでいく。


日常会話ができるようになるまではまだまだ時間がかかるだろうが、まずはカタコトでも話せるようになろうと思った。




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