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第5話 共同作業



「大嫌いは酷くない? 傷つくなー」


「そう言われるに値する正当な理由があるんだ、受け入れろ」


「好きになってって言ってるのに!」


「好きになってもらえる努力をしたか?」


「傲慢!」


「どっちが」


 何が悲しくて、真夏の真昼間の公園で幽霊と言い合いなんてしなくちゃならないんだ。人目を避けているとはいえここは自宅の近所、独り言を喋り続ける様子を誰かに見られて妙な噂なんて立てられたくない。


「僕に霊感らしきものが身についたこと、君がいずれ化け物になる確率が高いこと、それはわかった。話は終わりか? 他に用がないならもう帰る」


「今、さり気なく酷いこと言ったよね? 終わってないから! むしろ本題はここからだよ」


 帰ろうとする僕を両手で制しながら、水瀬ミヤコがなにやら得意げな顔をする。



「ねえ、来栖くん。共同作業って絆を深めるのに最高の方法だと思わない?」


「……何?」


「たとえば、高校の文化祭とか体育祭。カップルが出来やすいイベントだって知ってる? 遅くまで一緒に残って作業したり、買い出しに行ったりしてさ。普段あんまり関りがなかった人とも自然と仲良くなるじゃない? いままで知らなかったお互いの意外な一面を知ってドキッとしたり、特別な思い出を一緒に共有したり、そういうのの延長で恋愛に発展しやすいんだって」


「それで?」


「だからさ、私たちも何か共同作業をしてみるといいんじゃないかな? そうすれば、もっと距離が縮まって仲良くなれるかもしれないよ。私のこと、好きになっちゃうかも」


 たしかに、彼女の言うことには一理ある。文化祭や体育祭の後に付き合い始めたカップルの話はたまに聞くし、実際に僕も委員会の活動を通じて親しくなった友人がいる。このままただ一緒に過ごすだけで水瀬ミヤコのことを自然と好きになるなんて、まず有り得ない。共同作業でもなんでもいい、きっかけになるものが必要だ。ただ、問題がある。


「生きている僕と死んでいる君で出来る共同作業なんてあるのか……? 」


「そこで幽霊さんたちの出番なんです。みんななにかしらの未練があってこの世にとどまってるんだからさ、来栖くんと私の二人で協力して、成仏する手助けをしてあげようよ」


「霊の手助け……」


 生きている僕が霊的な存在に関わること自体、本来なら避けるべきことかもしれないが……この世のものに影響を与えることができない水瀬ミヤコと共通の目的をもってなにかに取り組むとなると、彼女の世界――あの世のものに関わることも視野に入れざるを得ないか。


「まあ……まったく的外れな案ではない、と思う」


「でしょう? 人助けをして、いい気分にもなれちゃうし、一石二鳥だよ」


「でも、簡単に叶わない望みだから成仏できないんじゃないのか?」


「んー。そこは地道に、叶えられそうなお望みをもった霊を探すしかないかなぁ。でも、そんなに難しく考えなくてもいいと思うよ。幽霊って来栖くんが想像している以上にたくさんいるし、意外と簡単なことが叶わずに成仏できない人もいるんじゃないかな」


「さっきみたいなのには関わりたくない」


「あはは。それは私も同じ。絶対、叶えてあげられないしね」



 公園内を見渡し、さきほど彼女が言っていた三人――シーソーに乗る女の子、木の下に立っている背の高い男、ベンチに座る爺さんを確認する。彼らは幽霊だというが、足もあるし、しっかりと人の形をしているし、こうして見る限り生きている人間となんら変わりなく見えた。水瀬ミヤコだってそうだ。近くでよく見ればうっすらと透けているだけで、遠目には生身の人間にしか見えない。これは日常生活を送るうえでなかなかに厄介なものだと気付く。


「生きている人間と幽霊の簡単な見分け方はないのか? いちいち近くまで寄って透けているか確認するなんて無理だぞ」


「見分けがつかないの? やっぱり来栖君ははっきり視えちゃうタイプなんだね」


「人によって違うのか?」


「違うんじゃない? 白いモヤみたいに視えるとか、黒い人影に視えるとか、声だけ聞こえるとか、気配だけ感じるって人もいるよね」


「やけに詳しいな」


「私、怖い話が大好きなの」


「そうか。親より先に死んだ子供は賽の河原で延々と石積みだ。恐ろしい話だよな水瀬ミヤコ」


「あ、また嫌味言ってるでしょ来栖くん。 それって宗教ファンタジーだよね? どの宗教を信じるかで死後のルートが違うなんて信憑性ないなぁ」


「成仏の概念を持っているくせに、都合がいいな……」


「いいもーん。信じたいことだけ信じるもん。幸せに生きるコツだよ?」


「好きにしろ。それで、見分ける方法は?」


 水瀬ミヤコは一瞬考え込むように、腕組みして首を傾げた。しかし数秒と立たないうちに顔をあげ、笑顔を浮かべる。


「たぶん無いね、そこまではっきり視えちゃってたら」


「…………」


「でも、なんとなく普通とは違うなってわかる行動もあるよ。同じ動きをずっと繰り返してたり、逆にその場からまったく動かなかったり、そういう不自然さ、来栖くんならすぐ気付くんじゃないかな」


「たしかに。ベンチに座っている爺さんはともかく、子供と大人の男がなにもせず一歩も動かないのは不自然だな」


「さっそくあの三人に聞いてみよっか、どうしたら成仏できそうか」



 水瀬ミヤコが楽しそうに笑う。彼女は深く考えていないようだが、死んだ人間の未練を聞いてまわるなんて決して愉快なことじゃない。深いため息をついて気持ちを切り替え、まずはいちばん人目の届かない場所にいる男の霊に話を聞くことにした。





「おい……ちょっと待て水瀬ミヤコ」


「あー、あれって…………」


 遠目にはただ背の高い男が静かに佇んでいるように見えたが、黄色い花が咲くセイヨウキンシバイを掻きわけて全身が見える距離まで近づくと、男が首を吊っているのだとわかった。幸いこちらに背を向けており、顔は見えない。黒髪に青い作業服、不自然に少し伸びた首、靴を履いてない足は地面から数十センチ浮いている。ロープなどの道具があるわけじゃないのに、はっきりと「木の枝で首を吊っている」様子だけがわかった。


「すみませーん」


「おい……!」


 どうしたものか動けずにいる僕を気にも留めず、水瀬ミヤコは平然と男の正面へ回り込む。


「お話しできますか? 声出せますかー? どうして成仏できないんですか?」


 男を見上げ、まるで日常の一コマのような軽快さで一方的に話しかけていた彼女だったが、しばらくすると肩をすくめてため息をついた。僕のそばに戻ってくると軽く手を振る仕草をしてあっさりと諦めた様子を見せる。


「だめ。意思疎通できないタイプ。次行こ!」


「君、首吊り仲間だろ、少しは敬意を払えよ。祟られるぞ」


「えっ、あの人ずっと笑ってたよ?」


「……ああもう、気色が悪い。想像したくない。次だ次だ。あの爺さんはどうだ、無害そうに見える」


 ベンチに座り、遊具で遊ぶ子供たちを眺めている老人を指差す。皺だらけの顔に人の良さそうな笑顔を浮かべ、幼いころの我が子や孫を思い出しているような穏やかな雰囲気を纏っている。少なくとも、笑いながら首を吊り続ける男よりは話が通じそうだ。


「うん、行ってみよう来栖くん。孫に一目会いたいとか、ハートフル系の未練だよきっと!」


「よし……」


 ベンチに近付くと、爺さんが何かぶつぶつと呟いているのが聞こえてきた。低くしわがれた小さな声で、何を言っているのかまでは聞き取れない。静かに彼の隣に座り、耳をそばだてた。






「……いいねぇ……かわいいねぇ……殺したいねぇ……若い頃のように……また殺したいねぇ……あぁ……いいねぇ……かわいいねぇ……」


「……っ」



 聞こえた声の温度に背筋が凍りつく。失敗した、こいつもハズレだ。無害どころか、ろくでもない望みを持っている。早く傍から離れたい、込み上げる嫌悪感を顔に出さないよう注意しながら、席を立とうと脚に力を込めた。


「君は歳を取りすぎているねぇ……」


 いつのまにか、干からびた果物のように皺だらけの老人の顔が目の前にある。異様な角度で体を折り曲げ、僕の顔を覗き込んでいた。


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