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第2話 告白



「僕が、君を殺した……? 一体何を……」


「来栖くんにフラれたショックで死んだんだよ、私。 あなたに殺されたようなものでしょう?」


 栗色の大きなが、真っすぐに僕を見つめる。視線を逸らせない。昨日と同じだ。僕はこの瞳を、昨日も見た。




***



 七月二十四日、放課後。委員の作業を終えて図書室を後にする頃には、窓から差し込む夕日が廊下に長い影を落としていた。ほとんどの生徒がすでに帰宅した静かな校舎に、十八時を告げる防災無線の放送が反響する。いつもなら眉をひそめる不快な音割れも、明日から夏休みだと思えば気にもならない。



「あ、あの……!」


「……?」


 下駄箱の前に立ったとき、不意に声をかけられた。革靴に伸ばしかけていた手を止めて声のほうに顔を向けると、水瀬ミヤコが立っていた。学園のマドンナと呼ばれる彼女のことを一応認知はしている。まるで接点のない僕になんの用があるのかは検討もつかない。


「なにか……?」


「す、好きです。来栖ハヤトくん。私と、付き合ってください!」


 勢いよく頭を下げた彼女の頭頂部を眺めながら、しばらく無言の時間が流れた。僕がなにか言わないと事態は動かないらしいと察して、口を開く。


「頭をあげてくれ。君は、水瀬ミヤコだろ」


「あっ……はい! 私のこと知っててくれたんだ、嬉しい」


「知ってるよ、顔と名前くらいは」


 靴を履き替えながらそう言うと、彼女の表情が一層輝いた。僕を映す栗色の大きな瞳に、希望が灯る瞬間を見たようだ。


「あの、私、一年の頃からずっと来栖くんのことが好きだったの。本当に本気……。私と、付き合ってくれませんか?」


「……それは、ありがとう。女子の君から想いを告げるのは大変だっただろ」


「あっ……じゃあ……」


 期待と高揚感が混じった声。まるで、自分の告白が成功することを信じて疑っていないような響き。ほとんど他人の僕に、そんなものを向けられても困る。


「付き合うのは無理だ。僕は君のことをよく知らない」


「あ……そ、そっか。じゃあ、これから知り合っていこう? 明日から夏休みだよ! 電話したり、デートしたり、そうだ、うちで勉強会とかしようよ! お互いのことを知る時間、いっぱいあるよ」


「無理だな。電話やデートをしたいと思うほど、そもそも君に興味がない」


 淡々と告げる僕に対して、彼女は焦ったように言葉を重ねる。必死さが滲み出ていて、見ているだけで痛々しいほどだった。それでも、心が動かないものは仕方がない。


「まって、来栖くん!私のこと、嫌いとかじゃないんだよね? だったらお願い。少しでもいいから、私のこと知る機会を――」


「嫌いじゃなかったよ、さっきまでは。気にも止めてなかった。でも、僕はしつこい人間が嫌いだ。つまり、もう君のことが嫌いだ」


「あ……」


 水瀬ミヤコの瞳が揺れ、顔から血の気が引いていく。それでも彼女はまだ何か言おうとして顔を上げた。これ以上の問答は、きっとお互いにとって何の得にもならない。見て見ぬふりをして背中を向ける。


「それじゃあ、僕は帰るよ。良い夏休みを。君も暗くなる前に帰れよ」


 そのまま玄関ドアを開け、歩き出した。後ろから何も聞こえてこないことに少しだけ安堵しながら、振り向きもせずに校舎を後にした。



***



「……あのあと……」


「うん。あのあと、家に帰って、お風呂に入って、家族と夕食を食べて、部屋で首を吊ったの」


「……信じられない。君をしたう男なんて、山ほどいるだろう。僕に告白を断られたくらいで……そんなことくらいで死ぬわけない」


「そんなことじゃないよ。私にとっては、全然、そんなことじゃない。人生で一番勇気をだしたの。でも来栖くん、私のこと、知ろうともしてくれなかった」


「…………」


 昨日の自分の発言を思い返し、口をつぐむ。あの時、僕はたしかに彼女の必死な思いを軽んじてしまったかもしれない。でも、興味のない人間に必要以上に心を砕く必要なんてあったのか。バツの悪さは感じるが、責められるいわれなんてないはずだ。


「私、このままじゃ成仏できないの。来栖くん、責任とって」


「責任……? なんで僕が……」


「私が死ぬきっかけを作ったんだから、私が成仏できるよう手助けして」


「言いがかりだ、勝手なことを言うな。そもそも、僕は君が死んだなんて信じない。こんなのきっと、なにかのトリックだ」


 水瀬ミヤコの体をかき消すように腕を振り上げる。やはり僕の腕は彼女の体を突き抜けて、空を切るだけに終わる。


「明後日、葬儀があるって言ってたでしょ?」


「ああ……」


「絶対に来て。私が死んだかどうか、その目でちゃんと確かめて」


 エアコンの効いた部屋は、夏の夜とは思えないほど冷えている。僕が小さく頷くと、水瀬ミヤコは音もなく消えていった。陽光に溶ける朝露のように、はじめからすべてが幻であったかのように。






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