運動場にクレノが用意させたのは巨大な円盤だった。
半径だけでも大人二人が両腕を広げたくらいはある。
大きな円形のリングの中に、リングを支えるように三枚の羽がついている。
色はもちろん鮮やかな黄色である。
「えーと、では。これは俺が昔作ったベイブレー……ではなく、飛翔用駒……その名もトライピ……ドラィピオンです」
「なんじゃなんじゃ、なんかよけいなもんがいちいち挟まっとらんか?」
「実は、これは空を飛ばすために作ったんじゃないんですよね。地方軍にいたとき、自作の駒を戦わせる遊びが流行した……というか俺が流行らせたんですけど……その遊びのために作ったんです」
「ううむ、でっかいのう! 地方軍の技術開発局は人員も多く本格派とは聞いておったが、遊びのスケールもでかいのじゃな」
クレノはあいまいな笑みで言葉をにごした。
クレノが流行させたのはもちろん、元の世界で子どもたちに大人気のホビー、ベイブレー〇を元にした駒遊びである。
ノウハウに関しては転生者であるクレノに一日の長があると思ったのだが、対戦相手がみんな技術畑の人間だったということが災いし、魔法ありにした時点で収拾がつかなくなってしまった。
このドラィピオンも元はベイブレー〇界で最弱と呼ばれた
クレノはなんとかこの駒を異世界で最強にすべくがんばったのだが、地方軍の技術屋たちがふんだんに魔法を乗せた駒にはかなわず、まともに戦おうと思うとこのサイズにならざるを得なかったのである。
ちなみに、このでかさ、重さでも負けた。
「あいつら、ほんとうに四神とか召喚しちゃうんだもんなあ……」
「ん? 何か言ったかクレノ顧問」
「いえ、なんでも。ひとりごとですよ姫様」
「こいつ、ちゃんと飛べるのか?」
「飛べますよ。飛べる形をしていますからね」
クレノはそう言って、杖を抜き、円盤の大口径リングを叩く。
「“
呪文を唱えると、ドラィピオンはその場で浮き上がり、突然、
その姿はあっという間に隊舎を越え、見えなくなった。
「おお~っ、飛んだ飛んだ!」
「本来は飛ばすために別の装置を使うのですが、魔法兵器化して、飛ぶ力をためてあります。俺たち魔法使い兵が祈りによって得た魔法を発動させずにストックし、必要になったら解放するのと原理は同じです」
「わらわのじゅうたんにくらべて、無理がないのう」
「それはそうです。さっきも言ったとおり、あれはもともと空を飛ぶ形をしていますから、飛んでいるあいだは複雑な魔法を必要としません。せいぜい、長く飛ぶように調整するだけです。それに対してじゅうたんは、もともと空を飛ぶようにはできていませんから、かけなくちゃいけない魔法が複雑になって互いに干渉しあい……さっきみたいな大事故につながるんですよ」
「なるほど」
フィオナ姫はうつむき、なにごとか考えている様子だ。
しばらくして「うん」とうなずいてみせた。
「クレノ顧問、思ったのじゃが、わらわは魔法のことを何も知らなんだな。この先、もっとすごい魔法兵器を開発するなら、もっともっと勉強が必要じゃ」
「…………はい、そのとおりです」
クレノは答えたが、いつもむちゃくちゃな姫様に殊勝な態度をとられると、なんだか居心地が悪い。
空を飛んでいるドラィピオンは相変わらず元の世界の技術のパクリだし、魔法に関してはクレノだってまだまだ勉強中の身だ。
「なあ、クレノ顧問」
「なんですか?」
「ドラィピオンはどうやって着地をするのじゃ?」
「あー……」
一度、魔術兵器開発局を飛び立ったドラィピオンは、大空をぐるりと舞い、再びクレノとフィオナ姫の視界に戻ってきていた。
クレノは相変わらず眠たげな目つきで答えた。
「基本的に……地方軍の基地は山の中なので……着地はしませんね。正確には、決まったところに着地できるように設計していないのです。する必要がなかったので」
「えっ、じゃあ、どうなるのじゃ!?」
「まあ最初期の飛行機も、そうだったらしいですからねえ」
「どうなるのじゃ!?」
上空で風にあおられたか、姿勢を崩したドラィピオンは真っ逆さまに落ちて行く。
そして、誰も、なすすべもないままに、轟音を立てて隊舎の屋根に突き刺さった。
屋根を破壊し、壁の一部を崩しながら止まる。
開発局の職員たちがなにごとかと次々に外に出てきた。
「クソザコパーンチ……ふふっ、なんちゃって」
「笑っとる場合か!?」
「姫様、すぐにお逃げになったほうがよろしいかと存じます」
クレノは返事もきかずに走り出した。
フィオナ姫が背後を振り返ると、赤毛の少女が笑顔で出てくるところだった。
その笑顔は、笑顔でありながら見た者の心胆寒からしめる、冷酷無惨なものである。何よりも、彼女は鉄のこん棒を手にしていた。
ただのこん棒ではない。
無数の尖ったツノがはえた凶悪きわまりないこん棒である。
「これより……」とカレンはどこかうつろな声つきで言う。「これより、隊舎を破壊したバカクレノを標本とし、カレン式金棒の性能評価試験を……はじめます……!」
「ひいいっ」
フィオナ姫も短い悲鳴とともに走りだす。
カレンが怒号をあげて追ってくる。
「クレノーっ!! どこ行ったーーーー!!!!???」
王国歴435
*
その後、カレンの追跡を振り切ったフィオナ姫は、ぶじに王宮にもどることができた。
途中どうしてもやむにやまれぬ理由からクレノ顧問を見捨てることになったが、カレンも元同級生を殺しまではしないだろう。
夕飯を食べ、お風呂に入り、すっかり外が暗くなったところでフィオナ姫はお部屋にもどった。
「おまえたちー! もう生きて会えぬかと思ったぞー!!」
フィオナ姫の部屋には、何もしらないマンドラゴラたちが主人を待ち構えていた。
「ャーーーー?」
フィオナ姫は三角巾をつけておそうじ中のマンドラゴラをつかまえて、ふかふかベッドにダイブする。
「ブチギレカレン、こわかったの~~~~! ムキムキ魔人より強いかもしれん!」
そのままマンドラゴラたちと遊んでいると、部屋の扉がノックされた。
「姫様、クレノ・ユースタス様より報告書が届いております」
「おお、さっそくか。あんな事故があったのに、感心感心」
メイドから報告書を受け取り、机に向かう。
「わらわも日記を書いておかねばのう。今日はなかなか学びの多い一日であったぞ!」
インク壺を引き寄せてペンを手に取ると、今日あったできごとがまざまと思い浮かぶ。
クレノ顧問が持ってきた魔法兵器は、なかなかに見事なものであった。
ただ、あれが新作兵器ではなかったことが、どこか心に引っかかっていた。
「…………クレノ顧問は、まだ、新しい魔法兵器を作るのに抵抗があるのかのう?」
そう呟く声をマンドラゴラだけが聞いている。
マンドラゴラたちはそろって首をかしげていた。
*
いっぽうそのころ、クレノ顧問は満点の星空のもとで祈りの儀式をしていた。
ドラィピオンの墜落地点が、たまたまクレノ顧問の部屋だったからだ。
しばらくのあいだは運動場でテント暮らしだろう。
彼は魔法の補充のついでに「屋根がほしい」と願ったが、神様は祈りを聞いてくれただけで、新しい屋根はくれなかった。
魔法がある世界の神も、そうそう都合よくなんでも叶えてくれたりはしない。
うすっぺらいテントの中に寝転ぶと背中が痛かったし、寒かったし、目を閉じると——パンジャンドラムの大失敗がよみがえって来たが、クレノにはどうすることもできなかった。
あのとき、作戦が失敗したせいでけがをした兵士がたくさんいただろう。
できることなら過去に戻ってやり直したいが、時間を戻す魔法はいまだに誰も成功したことがない。
さらに、まぶたの裏にはいまでも指揮官のゲスタフがいて、クレノのことを「無能」とののしってくる。それは時折、横田和史の姿にも重なるが、これもまた魔法では取りのぞけない劣等感だった。
結局のところ、生前のクレノが宗教や神や菜食主義をバカにしていられたのは、いないかもしれない存在に手をあわせ、食べたくないものを無理して食べてまで叶えたい願いがなかっただけにすぎないのである。