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第20話 ゲーミング目くらましバリア②


「ぎゃ~っ! 目が焼ける~~~~っ!!」


 極彩色に発光し始めたベルトのせいで、クレノたちはパニックにおちいっていた。

 まさに阿鼻叫喚あびきょうかんの地獄絵図である。


「クレノ顧問、なんとかせよ!」

「なんとかって言われましてもですね! 俺が開発した魔法兵器じゃないからどうしたらいいかがわからないんですよ!」

「もっとこう、触り方に変化をつけてみよ。やさしくつねったり、クルクル円を描いてみよ!」

「い、嫌すぎる絵面! なんで俺が乳首をいじらないといけないんですか! 人前で!」

「クレノが乳首って言ったぁ……! 怖い!」

「大丈夫です、クレノ顧問っ、ほんとうに誰も見てませんから!! ……気持ちが悪くなってきた、おえっ」

「吐くなよ、誰かひとりでも吐いたらここはさらなる地獄と化すのじゃぞ!」


 姫様はともかく、いつも良識があり、年下のクレノも上官として扱ってくれるハルト隊長を巻きこんだことについては罪悪感があるクレノである。

 彼は覚悟を決め……泣きそうになりながら、フィオナ姫の言う通りにした。


 すると、ベルトから放たれる1180万色の光が回転をはじめた。


「ぐえーーーーーーーっ!!」

「まぶしすぎるう~~~~~~!」


 すさまじい光の強さに加えて、回転である。

 これはもう拷問と同じだ。


「く、クレノ、わらわが、わらわが悪かった。とりあえず、とりあえず、そなた、その場に伏せよ! 腹ばいになるのじゃ!」

「わかりました。うつぶせで寝ればいいんですね」

「そのとおりじゃ。このままでは失明してしまう!」 


 クレノは言われたとおり床に伏せた。

 ベルトが体と服で隠れ、光が少しマシになる。


 クレノにまだ新しい制服が届かず、地方軍の黒い制服のままだったのは、不幸中の幸いだろう。


「うううっ。あやうく狂うかと思ったぞ……」

「姫様、クレノ顧問、でも、まだまだ光ってますよ」


 ようやく互いの姿が視認できるくらいにはなった。

 だが、光はまだベルトから漏れ出ている。


「こうなった以上、俺にはもうどうすることもできん。……あとベルトがめちゃくちゃ熱くなってきていて怖いです、助けて!!」


 クレノは床の上で伏せながら、うめいた。

 ベルトから放たれている光は魔法によるものだが、光は光。熱源でもある。


「しかたがない……ハルト隊長、クレノ顧問の胸を触ってやってくれ」

「はい?」

「クレノ顧問は両手が使えぬ、おぬしが光をなんとかするのだ!」


 見えないけれどハルト隊長の顔色はたぶん青い。

 それはそうだろう。

 この状況をなんとかするためには、姫様が言ったとおり、クレノの胸をまさぐらねばならないのだ。


「第三王女の命令が聞けぬというのか? それとも、未婚の乙女であるわらわに、男の胸をまさぐれと!?」


 そう言われたら、ハルトは引くに引けない。

 一応、フィオナ姫はハルトの上官に当たる。

 形式的なものとはいえ兵士にとって上官命令は絶対だ。

 歯向かえば死が待っている。


「しっ、失礼します。クレノ顧問、すみません。僕が無理難題を言い出したばっかりに……」

「いや、ハルト隊長のせいじゃない。いずれ、遠からず誰かが同じ目にはあっていた。ベルトをつけたのがフィオナ姫じゃなくてよかったんだ……ああっ!」

「変な声ださないでください~~っ!!」


 そのとき、不運の足音は着実に魔法兵器開発室に近づいていた。

 部屋の扉を軽快にノックして、カレンが顔を出したのだ。


「クレノ! 報告書を取りに来てやったぞ~!」


 返事もろくに待たずに扉を開けるという、元同級生ふたりの気さくな関係が、今度ばかりはあだになった。

 カレンのまなざしの先には、四つんばいのクレノ顧問のうしろからハルトがおおいかぶさり、胸をもんでいるという衝撃の光景があったのである。


 しかも、少し離れたところでは、気分が悪そうなフィオナ姫が涙目で座りこんでいるではないか。


「うおおおおおおおっ!?」


 カレンは事態を目の当たりにして、野太い雄たけびをあげた。


 あまりにもあまりすぎる状況に、可憐な乙女のか細い悲鳴では精神の均衡を保つことができなかったのだろう。


「——へっ、ヘンタイ! バカ野郎っ!! ぶっ殺すぞ!?」

「ちがう、カレン!! これはちがう!!」

「ひゃ、百歩ゆずってあんたたちがそういう関係だとしても、フィオナ姫様になんてものをみせてるんだよ! だ、だれかーっ!」

「やめろ、これは魔法兵器の実験事故なんだ!」


 クレノは勢いよく立ち上がった。

 今度は光が部屋中にあふれることはなかった。

 おそらく胸のタッチパネルの影響で光り方がまた変化したのだろう。

 その光は先ほどよりは小さく絞られていた。

 光源も移動し、腰よりやや下のほうが発光している。


 そう。すなわち。股間が——。


 クレノ顧問のまたぐらが、1180万色に光り輝きながら回転しているのである。


 終わった。


 誰もがそう思った。このままカレンが悲鳴を上げ、人を呼んできて、クレノの社会性も何もかもが終わる。

 生命も終わる。軍法会議にかけられ、弁解も許されぬまま銃殺刑になるだろう。


 しかしそうはならなかった。


 カレンは小さく息を詰めた。

 その頬が、一瞬で真っ赤に染まった。


「ば、ばかっ!」


 小さな声でそう言うと、カレンは目じりに涙をためて扉をしめ、走り去った。

 クレノはカレンを止めようとした姿勢のまま、しばらく無言で立ちつくした。


「く、クレノ……大丈夫か……?」

「クレノ顧問?」


 心配したフィオナ姫とハルト隊長が声をかける。

 クレノは廊下にむけてのばした手をだらりとたらし、ぶつぶつと何事かをつぶやいていた。

 そして振り返る。


「ひっ」


 ふたりはびくりとその場で飛び上がった。

 いつも眠たげなクレノの瞳は、いまははっきりと開き、怒りによって鋭く尖っていた。


「…………偉大なる鍛冶の神、戦争の神、炎の神、灰の王者よ。いま、あなたの信徒が伏して願いたてまつる。ヨルアサの兵に栄光あれ、勝利あれ」


 呟いているのは、魔法使いの詠唱である。


 魔法使いは神への祈りを魔法に昇華する。

 魔法を発動させる直前の祈りは、少しでも威力の高い魔法を使うための工夫である。


 クレノはフィオナにもハルトにも目もくれず、窓辺に向かう。そして、目くらましベルトを力まかせに引きちぎり、大きく放り投げた。


「炎の法、“魔法解放アインザッツ”!!!!」


 いつも以上に激しい火炎が矢のように空を駆け、ベルトを焼き払い爆散させた。



 *



 その後、魔法兵器開発局に地方軍が採用している新しい後装式ライフル銃が配備された。

 試験のために用いられた的は、ハルト隊長の元に持ちこまれた古式ゆかしい銀の鎧である。


「撃ち方、はじめ!」


 実験部隊の兵士たちが、鎧に向かって引き金を引く。

 撃ち終わった者は後ろに下がり、次々に撃つ。


 鎧はたちまちボコボコになり、分厚い装甲が内側に大きくえぐれ、とうとう穴が空いた。

 兜にも胸当てにも無視できない大穴が開くのを見届けた後、クレノ顧問は実験をやめさせた。


「撃ち方、やめ!」


 地面に転がった鎧は、もはや鉄くずと呼んでいい代物と化していた。

 クレノ顧問はそれを冷たく感情のない瞳で睥睨へいげいした後、手近にいた兵士に声をかける。


「誰か、あの鎧を開発者に送り返しておけ。俺からの伝言をつけてな」

「はっ。何とお伝えしましょうか」

「“いつかお前もこうなる”——と伝えておけ」


 さきほどまで銃声が響いていた射撃場にすさまじい沈黙が落ちる。


 それ以来、実験部隊のほうでは、クレノ顧問は冷酷な『氷の狼』であるとまことしやかに噂されるようになった。


 本当はただの日本のオタクでしかないのだが、目くらましバリアの一件は彼の心にひどい傷を残し、『氷の狼』モードは二週間くらい続いた。


 王国歴435年、甕虫かめむしの月12日のことである。

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