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第19話 ゲーミング目くらましバリア①


 実験部隊隊長のハルトがしょんぼりとした顔つきでクレノ顧問の執務室を訪ねてきたのは、おだやかな昼下がりのことだった。


 クレノ・ユースタスはコーヒー片手に報告書を執筆していたところだったが、この訪問を快く迎えた。


 ハルトはすっかり『まいっている』らしく、高い上背を二つに折り曲げて、いつもは若獅子のように整っている涼しい顔立ちを、クシャクシャのシワシワにしてやってきた。


「クレノ顧問、折り入ってご相談があるのです……じつは、うちの部隊に新しい支給品が届きましてぇ……それがぁ、めっちゃ使えなくってですねぇ……ほんとにもぅ、それだけは絶対に使いたくなくってぇ……」

「なんだなんだ。何が届いたんだ?」

「防具なんですけどもぉ……」


 クレノが知らないということは、魔法兵器開発局が開発したものではないらしい。

 いつもは快活で爽やか、みんなの兄貴分といった雰囲気のハルトがクシャクシャになった電気ネズミの顔で、頼りない葉っぱみたいな声を出しているのがおもしろく、クレノは実物を見てみることにした。


 ハルトが運んで来たブツをみて、クレノは目を丸くした。


「おお~…………これはこれは……………」


 ハルトがクシャクシャになってしまったのも無理はない。同じ立場だったら、クレノもクシャクシャのシワシワになっていたはずだ。

 荷台に乗せられてやってきたのは、銀色に輝く甲冑だったからである。ザ・ファンタジーの代表格。騎士が身につけるピカピカの鎧一揃いである。


「ハルト隊長。これは儀礼用か、あるいは催しか何かで時代劇でもする予定があるのか?」

「いいえ、クレノ顧問。残念ながら実戦で使えとのお達しです」

「ええ~、これを実戦で…………?」


 クレノも半笑いになるしかなかった。

 ヨルアサ王国には、かつて剣と魔法の世界だったなごりがある。

 現在でも魔法はしっかり残っているし、訓練の過程で剣を使うこともある。だがシンダーナ神聖帝国が火薬を発明し、銃が完成した世界では、剣の世界はすっかり過去のものになり重たく分厚い金属鎧とともに葬られたはずだった。


「その、銃で撃たれて負傷する兵士を減らすために、防具として使うように、とのことなんです……」


 ハルトはがっくりとうなだれている。

 ああ、なるほど、とクレノは納得した。

 これを送りつけてきた連中の頭の中身が読めたからだ。


 ヨルアサ王国の戦争のやり方は戦列歩兵を中心としたもの。銃を手にした兵士が戦列を組み、指揮官の号令にしたがって進軍をする、というザ・クラシックな戦法だ。もちろん相手も同じ戦法を使うので、被弾率はかなり高くなる。

 はっきり言って歩兵の命が一番軽い時代の戦法だった。


 前世では散兵という考え方が一般的になり、密集陣形による戦闘はすたれたが、ヨルアサ王国ではまだまだ現役だ。


「金属製の鎧なら、銃弾をふせげるという安易な発想だな」


 クレノが溜息まじりにつぶやくと、ハルトがぶんぶん頭を縦に振った。

 命がかかっているだけに真剣だ。

 金属製の鎧が銃弾をふせぐという考えは一見正しいように思えるが、実際は正しくない。


「鎧は見てのとおり重たく、間接の可動部は少なく、行動を制限します。現在の歩兵は全身鎧の騎士より軽装ですから、あっというまに包囲されて蜂の巣です」

「ハルト隊長の言う通りだ。銃には貫通力があるからな。ぎりぎり抜けないにしても、衝撃までは吸収できない。弾が当たれば致命傷になるだろう」

「そうなんです」

「いったいなんだってこんなものが送りつけられることになったんだ?」

「どこぞのお貴族様が最近負傷兵の救済活動に熱心なんだそうですよ」


 ホーム・ガード・パイクみたいな話だな、とクレノは思った。

 1940年代、ナチスドイツの本土侵攻に備え、英国では国土防衛の義勇隊が組織された。

 それがホーム・ガードだ。しかし組織したはいいものの武器の調達がままならなかった。

 そこで時の英国首相、ウィンストン・チャーチルが鶴の一声をかけ、それに忖度した人々によって配備されたのがホーム・ガード・パイク——鉄の槍である。

 日本で言うところの竹槍である。

 そんなもん、渡さないほうがマシレベルの武装だが、お偉方への忖度によって珍兵器が生まれるというのは珍兵器界の常。異世界でも同じことらしい。


 とはいえ、ヨルアサ王国の歩兵の防御力の低さは、クレノも懸念するところだった。


 地方軍でも多くの兵が撃たれて死んだ。

 魔物は銃を持たないが、野盗や山賊のたぐいは銃を撃つ。

 魔法使い兵が随伴して『守護の法』を使う戦法もあるが、魔法の力には使用回数というリミットがあり、それを越えれば魔法使いもただの歩兵になってしまう。

 魔法には精神力を削る面があるから、それより悪いかもしれない。


「銃弾をふせぐような魔法兵器を開発するべきだろうな」


 クレノがそう言ったとき、部屋の扉が音を立てて開いた。


「話は聞かせてもらったぞ! その件、ヨルアサ王国第三王女フィオナにまかせよ!!」


 部屋にやって来たのは、自信満々なフィオナ姫である。


「ハルト隊長! 貴殿のお悩みにぴったりな魔法兵器がある! クレノ顧問、試してみるがよい!」

「なんで俺?」

「はい、ばばーん!! 本日の魔法兵器『目くらましバリア』じゃ~~~~!!」


 クレノの疑問に答えることなく、フィオナ姫が取り出したのは一本のベルトだった。黒い革製で、ちょうど腰の真ん中に大きな宝石がついた銀色の丸い飾りがある。


「なんですか? それ…………」

「むふふ。今日のような日が来ることは、このフィオナにはお見通しじゃった。いつもわらわたちのかわりに危険な戦場に出てくれる兵士たちを守る防具があればよいのにな~っとな。そこでこれ! この画期的なベルトじゃ!」


 クレノはなかば無理やり、体にベルトを巻かれた。


「ただ防具というのはむずかしくてな。さっきそなたたちが話していた通り、頑丈にしようとすればするほど動きにくく重たくなってしまう。残念ながら、このベルトには、飛んでくる弾をはじいたり、ふせいだりする力はない」

「じゃあ問答無用で死んじゃいますよ、姫様」

「安心せい、クレノ顧問。発想の転換というやつじゃ。要するに撃たれたくないならば、相手に撃たせなければよい。つまり、こっちの居場所がわからなければ、相手も銃を撃ちようがない——そうは思わんか?」

「ああ、なるほど!」


 クレノはポンと両手を打つ。


 このとき、彼の頭にあったのは『迷彩』であった。

 戦場の風景に同化し、相手から見つかりにくくする戦法のひとつだ。ヨルアサ王国では、本格的な迷彩服はまだ発明されていない。だが、魔法を組みあわせることによってカメレオンのような迷彩を開発することはできるはずだ。


 もちろんクレノの頭にあるのは、ハードSFの世界だ。

 人の姿を透明にし、敵から身を隠す光学迷彩は現代日本においてSFの定番。しかも現実になりつつある技術だった。


「姫様の案にしてはかなり期待がもてそうですね」

「ひとことよけいじゃ! さあ、クレノ、宝石をぽちっと押してみよ」

「はい」


 クレノは少しワクワクして、宝石をぽちっとした。

 その瞬間『カッ』と音がしそうなほど強烈な光が、クレノが身につけたベルトから放たれた。


「うわ!! なんだ!!!???」


 その光量はすさまじく、視界のすべてが白い光に覆われ、部屋のあらゆる風景をぬりつぶしてしまうほどだった。


「何もみえない、何が起きてるんですかこれ!???」

「どうじゃ、すさまじい効果であろう、この強い光が目くらましになり、敵の目をつぶすという魔法兵器なのじゃ!」

「味方の目も潰れてるんですよ!!!!」


 それは、相手の目にうつらないよう消えればいい、というクレノの発想の逆をいく兵器であった。

 消えているのではなく、体全体が激しい光を発し、まぶしくて何も見えないのだ。

 クレノは光を消そうと何度もベルトの宝石を押すが、反応しない。


「姫様これ、どうやってスイッチ切るんです!?」

「えーとな、それは……ああーっもう耐えられん、目を閉じているのに光が貫通する! 目が痛くてかなわん!!」

「クレノ顧問、フィオナ姫様、どこにいらっしゃるんですか!?」


 惨憺さんたんたる光景……は誰の目にも見えていない。

 ただ白い光が空間を満たすのみである。


「クレノ、光の量を調節せよ!」

「ですから、その方法を聞いているんですよ!」

「光の調節は、ベルトではできぬ。タッチパネル方式になっておる!」

「タッチパネル!? パネルなんてないですけど!!」


 ベルトの飾りは、宝石以外は本当にただの飾りのようだ。叩いてもひねっても反応しない。


「フフフ、戦場で男たちが股間をまさぐっている光景は、あまり見られたものではあるまい。その点を考慮しての設計じゃ、なかなか感心じゃろう!?」

「感心はいいから、操作方法を教えろって言ってんです!」

「もっと上じゃ! 人間には、もとより二枚のパネルがついているであろう」

「ついてないです!!」

「胸じゃ、胸! 胸のことを言っておるのじゃ!」

「む、胸!?」

「胸を触ると、股間のベルトが反応するようになっておるのじゃ!」

「クソ設計じゃないか!」

「クソとかいうな!」

「えーと、このへんか? 触りますよ、いいですね!」

「誰も見ておらぬ、というか何も見えぬから、はやくせい!」


 クレノは恥ずかしさをこらえて、自分の胸に触れた。

 どっちの胸なのかわからないので、思いきって両手で触れた。とくに反応はない。


「さ、触ってますけど何も変化ないですよ!?」

「ええとな、位置が悪いのかもしれん。もっとこう……中心のほうをだな……」

「ですから、触ってますって!」

「ええい、中心は人によって違うじゃろう!?」

「いったい何の話なんです!?」

「ほらあ、胸に必ずある二つのパーツのことじゃ~!」

「変なところを基準点にしないでくださいよッ!」


 クレノは苛立ちながら自分の胸を叩いた。

 その瞬間、光に変化があった。


「やった……!?」


 一瞬だけ光量が落ちた、と思ったのもつかの間。

 今度は、ベルトから赤い光が吹き出した。

 それだけではない。

 赤い光が続いては黄色になり、青になり、緑になり、紫になりオレンジになり……エメラルドグリーンやペールブルー、コーラルピンクやタンジェリンオレンジなど、じつに様々な見たこともない色あいに明滅しはじめたのだった。


「ギャーッ!!」


 三者ともにおなじ悲鳴が上がった。

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