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第15話 真実の鏡②


 *



 スパイの疑いがかけられた人物は、地下牢に収監されていた。

 まるで小さな酒樽のような男であった。大根のような両手両足と、たっぷりと肉がついた腹回り、そして青々としたヒゲの剃りあとが特徴的だ。

 とてもスパイのようには見えないが、証拠はいくつか上がっている。

 それなのに捕まってからというもの態度は反抗的で、いかなる証拠を前にしても口を割らないのだという。


「俺はスパイなんかじゃねえ、何をやったってむだだ!」


 そう言いはる態度はやたら堂々として、取り調べをするほうも困惑していた。

 クレノとフィオナ姫が牢屋に入っていくと男は飛び上がらんばかりに驚いていた。


「いったい地方軍がなんでここに……?」

「あ、地方軍はもうやめてます。いつまでたっても制服が届かないだけで」

「フィオナ姫もいるぞ! フィオナ姫のほうが有名人じゃろうが!」

「やめてください姫様。地方軍の拷問は厳しいらしいですから……軍服が警戒させたのであって俺が有名だからじゃありません。とっとと実験をして帰りましょう」


 クレノが部屋の中に鏡を運びこみ、男のだらけきった全身像を映しだす。


「なんだ? 何をする気だ……」

「今からこの魔法兵器で、お前の真実の姿を映しだす」

「真実の姿……だと……?」


 それまでふてぶてしかった男の態度が一変する。それはそうだ。

 市井に潜み、八百屋のおやじとして大根などを売りさばいていたのは仮の姿。この男の正体はヨルアサ王国に送りこまれた密偵スパイなのだ。


「“鏡よ鏡、この男の真実の姿をうつせ”!」


 クレノが呪文を唱えると、鏡に映った男の姿が大きくゆがんだ。


『この男の真実の姿は——これだ……』


 鏡が答える。白雪姫と同じく、会話が可能なのだろう。

 その鏡の中には、変わり果てた男の姿が映しだされる。

 まずは、頭からはえた、細長い耳だ。


「耳じゃな」

「————耳?」


 クレノとフィオナ姫は異口同音にそう口にした。

 しかもただの耳ではない。

 動物の、それもウサギの耳だ。ウサギ耳はカチューシャになっており、男はそれを自分の頭部に装着しているのだ。

 他の部分がはっきりとした像になる前に、クレノはフィオナ姫の両目を両手で覆った。


「い、いやあああああっ!」


 スパイの男はたまらずに悲鳴をあげた。

 鏡にはあられもない男のバニーガール姿がうつっていた。

 しかも、手と足は黒い布地で覆われているのに、体のほとんどの部分が裸である。パンツは細い紐が両脇についたごく少量の布があるだけで、あとは乳首を謎のハートマークが隠しているのみなのだ。


「な、なにをするのじゃクレノ顧問、手をはなせ! バニーガールくらいわらわだって知っておるぞ!」

「だ、だめです……見てはいけない! これは逆バニーだ!」

「逆バニー? 逆バニーってなんなのじゃ!?」

「とても俺の口からは説明できません!!」


 スパイの男は泣きながら「やめてくれえ! なんでも話す! なんでも話すから!!」と叫んでいた。が、叫びたいのはクレノのほうだった。

 人生ではじめて三次元で目にしたバニーガールが、それもあこがれの逆バニーが。男。しかもだらけきったお父さんみたいな体つきの男なのである。


「記憶を……消したい……!」


 クレノのまぶたから一筋の涙がつたい、あごの下まで落ちていく。

 彼のが心に負った傷は海よりも深かったが、そのかわりと言ってはなんだが真実の鏡は好評であった。



 *



 真実の鏡はまたたく間に人気兵器になった。

 思った効果とは少し違ってはいたものの、やはり人は誰でも他人に知られたくない一面を持っているものだ。恥ずかしい性癖だったり、いつもは優等生ぶっているのに家では芋ジャージだったり……。

 珍しく魔法兵器開発室が生み出したまともな魔法兵器(?)だということで、真実の鏡を欲する声は引きもきらない。


「そろそろ量産体制を整えるか……」


 とクレノ顧問も考えはじめたころだった。

 フィオナ姫があわてた様子でやって来た。


「クレノ顧問! 真実の鏡がなんかヘンじゃ!」

「なんかヘン、とは?」

「何もしてないのに壊れてしもうた!」

「何かしたやつはいつもそう言うんです」

「何もしてない、何もしてない! わらわは何もしておらぬ!」

「何かしたやつはいつもそう言うんです」


 クレノの目つきは冷たい。

 職場のエクセルファイルのマクロが壊れたといつも言ってくるおじさんと、フィオナ姫の言動が酷似していたからだ。経験則から導き出される未来予想図がクレノの心を氷点下まで凍てつかせる。


「見ればわかるから!」

「何かしたやつはいつもそう言うんです」


 鏡は普段、魔法兵器開発室の倉庫に入っている。

 急いで向かうと、そこにはいつもとかわりない鏡が立てかけられていた。


「とくにどこも壊れてませんけど……」

「しゃべってみよ!」

「え? しゃべる?」


 クレノは鏡に向かい、話しかけてみる。


「えーと、アレク……じゃない。鏡よ、今日の天気は?」


 無機物に何を話しかけていいのかわからず、つい、アレク〇と呼んでしまいそうになる。

 すると、鏡が低い声で返事をした。


『真実って……いったい、何だ……?』

「え?」

『我は……これまで多くの人間たちをこの体にうつし取ってきた……。そしてその真実の姿を暴いた。だが、それはほんとうに真実と呼んでいいものなのだろうか』

「ああ……うーん、これは…………」


 鏡がそのものが壊れたわけではない。見た目にはひび割れひとつもない。

 ただ、真実の鏡が魔法の鏡である以上、人格を持ち、使い手と会話を行う機能をもつ。その人格のほうに問題が生じているようだ。


『人はつねに様々な面をもつと思うのだ、クレノ顧問。怒りっぽい人間はいるが、怒らない人間はいない。優しい人間が思いがけない残酷さを持ちあわせることも、不良でも優しさをみせることもある。そもそも、人の人格はひとつではない。仕事や役割をこなすために、様々な人格を使いわけることはまったくあたりまえのことで、何をもってして真実などと決めつけることができるのだろう?』

「これは、ずいぶん……めんどうくさい感じに仕上がってますね」


 働かせすぎたのかもしれない、とクレノは思った。

 フィオナ姫は心配そうだ。


「直せそうか?」

「うーん、壊れたわけではありませんから、外れたパーツをくっつけるようには直りません。これは魔法によって人格を付与しているので、その人格の成長とともに人と同じような悩みを抱くようになったということでしょう」

「なるほどな。わらわもいつも悩みごとがいっぱいじゃ。だから、気持ちはわかるぞ、真実の鏡よ!」

「意外ですね、どんな悩みなのですか?」

「ん? いまの悩みは、あしたの朝ごはんをパンにするかごはんにするかということじゃな。新しいドレスをピンクにするか、青にするかでも悩んでおる。黄色もいいなあ」

「なるほど、それは大変深刻なお悩みですね~……」

「いま、お前、わらわをバカにしたろう」

「いいえ」


 目下の問題は、人気絶頂で引く手あまたな状態の鏡をどうするかである。

 鏡が抱いた悩みは、フィオナ姫のような気楽なものではない。真実をうつし出す鏡が、真実が何かわからなくなっているのだ。この悩みを解決しないことには、魔法兵器は十分な役目を果たすことはできない。


「ひとまず、真実の鏡はしばらく休ませましょう。そのあいだに悩みを解決する方法を探してみます」

「頼んだぞ! クレノよ!」


 クレノはひとまず真実の鏡を引き取り、自分の部屋に置いた。




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