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第12話 マンドラゴラ自動栽培システム④



「もちろん返事は今すぐでなくともよい。考えがまとまったら、またあらためて——」

「行きます。あなたといっしょに」


 クレノは答えた。

 彼女は知らないことだが、パンジャンドラムはクレノのオリジナルではない。ネビル・シュートという人物が設計したものを、魔法と技術で改造したにすぎない。

 なのになぜ、そう答えたのか。評価されたのはネビル・シュートであって、クレノ・ユースタスではない。

 だがフィオナ姫のまっすぐな瞳を見ていると、ワーウルフ掃討作戦以来、ずっと消えうせていた『何者かになりたい』という気持ちが戻ってくるような気がしたのだ。


「ですが、正直言って、新しい魔法兵器を開発するのは、まだ少し怖いんです。また似たような失敗を繰り返してしまうかもしれない。次は犠牲者が出るかもしれない……」

「もちろん責任はわらわが取る。すでに動かしている開発計画もある。時間が必要なら、そなたはその間、わらわに助言をしてほしい」


 クレノの気持ちは決まっていた。

 フィオナ姫のもとで、もう一度、挑戦をしてみよう。

 あきらめるのはそれからでも遅くないはずだ。


「そうと決まったら、準備をしてまいります」

「うむ。急ぐ旅でなし、十分に別れをおしむがよい」


 クレノは晴れやかな気持ちで、小屋の外にでた。

 この島とはおさらば。もう二度と甘いパンケーキに砂糖をふりかけて食べるような連中と食事しなくてもいい。なにより、畑の世話はもう必要ない。

 マンドラゴラたちが、ふしぎそうな顔つきでクレノのことを見あげている。

 クレノは晴れやかな表情のまま、腰の杖を抜いた。


「お前たち、俺は今日でここを出ていく。その前に、畑は作物ごと処分しなくてはならない。悪いが、消し炭になってくれ。炎の法——魔法アイン


 呪文を唱えかけたとき、青い顔をしたフィオナ姫が小屋から飛び出してきて、杖を持ったクレノの腕を押さえた。


「な、何をしておるのじゃーーーーーーっ!?」


 フィオナ姫はマンドラゴラたちをかばい、勇敢にも杖の前に立ちはだかった。

 マンドラゴラたちはフィオナ姫のうしろに隠れて、ブルブルと震えていた。


「何って、畑を焼くんですけど……」

「マンドラゴラたちをか!?」

「そうです」

「さきほど、この畑は画期的だという話をしたばかりではないか! サイコパスか、おまえ!? このマンドラゴラたちは革命じゃ! 彼らがいれば我が国の畑仕事は格段にラクになる!」

「ですが、フィオナ姫。このマンドラゴラは、島の外には出せませんよ?」

「えっ、なんでじゃ?」

「あなたもこいつらが自分で考え、自分で歩いていくところを見たでしょう。作物が好き勝手に出歩いたら、あちこちの生態系が狂ってしまいますよ。俺がこいつらを育てたのは、ここが無人島で周囲が海水に満ちているからです」


 いくら自動で働くといっても、マンドラゴラは植物だ。

 海水に落ちれば枯れてしまう。


「しかし、塀などで囲った農園で働かせればよいではないか。それでも十分、使いようはあるぞ」

「いえ、そもそも、マンドラゴラはマンドラゴラしか育てられません。雑草抜きを覚えさせたからか、それとも生物としての本能がそうさせるのか、マンドラゴラの生育に邪魔な他の植物は抜いてしまうんですよ」


 クレノが指をさした先には、畑のそばに咲いた一輪の野生の花を引っこ抜き、何度もふみつけにするマンドラゴラの姿があった。


「ヤァ~~~~?」


 視線に気がつくと、ふしぎそうに首をかしげる。


「ですから、これが島の外に出て繁殖してしまうととんでもないことになりかねません。俺が殿下の部下になってここを離れるなら、すべて焼きはらう必要があります」

「だ、だめじゃ……! そんな非道はゆるさぬ!」

「お許しください。これも王国の平和のためなのです」


 フィオナ姫はマンドラゴラをかばい、後退していく。

 だがこの件に関しては、クレノもゆずれない。

 フィオナ姫とマンドラゴラたちは、とうとう大きな木の根元のところまで追いつめられた。


「さあ、うしろに隠しているものを出してください」

「来ちゃだめ、来ないで! 何もおらぬ、何もおらぬったら!」

「マンドラゴラは人と同じ世界には住めないんですよ」

「か、飼うっ! わらわがペットとして王宮で飼うから! もちろん王宮の外には出さぬ。毎朝、ちゃんと数もかぞえる! それでよいではないか!?」


 マンドラゴラたちとフィオナ姫は抱きしめあい、冷酷な魔法使いの冷たいまなざしに涙をこぼしていた。クレノはため息を吐いた。あまり姫君を怖がらせると、今度こそほんとうに海兵がクレノを撃ちかねない。


「…………わかりました。では、そういうことで手を打ちましょう。ちゃんと世話をしてくださいよ」


 そう言うと、フィオナ姫の表情に元の笑顔が舞い戻ってくる。


「よかったなあ、お前たち。もう二度とこんな目にあわぬよう、わらわの言うことをしっかり聞くんじゃぞ」

「ひゃぁ~~~~~~!」

「よしよし。怖かったなぁ、もう大丈夫じゃぞ」


 こうして、クレノは第三王女のもと、魔法兵器開発室で働くことになったのである。



 *



 それからしばらくして。王国歴435年、いなごの月22日。


 ムキムキ魔人があけた大きな穴の前で、クレノはチョモランマについて説明していた。もちろん、前世のことは話すつもりはない。話したところで理解されないし、物事がややこしくなるだけだ。


「つまり、チョモランマというのは……私のふるさとの家の裏手にあった山のことなのです。とくになんてことはない山ですが、幼い頃の俺は家のそばを流れていた川のむこうにも世界が続いているとは知りませんでした。ですから、その山が世界でいちばん高い山に違いないと考え、それにふさわしい名前をつけたのです。すなわち、それがチョモランマだったのです」


 クレノはそれらしい嘘をすらすらと並べ立ててみせた。

 カスのウソを無限に生成できるという、生前からの彼の特技である。


「もちろんその誤解はすぐに解けましたが、それ以来というもの、あまりにも巨大なものを見るとその名前が口について出てしまうことがあるのです。子ども時代の癖がまだ残っているなんて、お恥ずかしい話ですが、つい」

「うむ、わかるぞ、クレノよ。ダメだダメだと思っていると、ついつい恥ずかしい言葉が口を突いて出てしまう。よくあることじゃ」


 姫様にそう言われると、本当にそんな気がして来たクレノである。

 そのとき、部屋の扉をノックする者がいた。


「総務部のカレンです!」

「実験部隊隊長のハルトです。資材をお持ちしました!」

「入れ!」


 扉を開けて入ってきたのは赤毛の女性隊員と、背の高い精悍な兵士の二人組だった。

 女性のほうは、部屋に入ってくるなり壁を見て目を丸くしていた。


「うわっ、大きな穴! じゅうたんも焦げてるし! ちょっと、クレノ、いったい何やったらそんなことになるの!?」

「緊急事態で仕方がなかったんだよ。それに、これは俺のじゃなく、姫様の計画だ」

「またすーぐそうやって姫様の悪口を言う!」


 カレンは眉をつり上げる。肩のあたりで切った髪は女性隊員らしく飾りけがないが、右耳の前で編んだ三つ編みが軽くはねた。そのスレンダーな体を、魔法兵器開発局のカーキ色の軍服が包んでいる。

 お互いくだけた口調になってしまうのは、カレンもまた同じ魔法学校の卒業生で、しかも何をかくそう同級生だったせいだ。


「修繕費がいくらかかるかわかってるの? 次からはクレノにも責任とってもらうからね」

「本当のことなんだって!」

「じゃあ、魔法を使ったのは誰?」

「俺です……」


 カレンは魔法学校を卒業してすぐ、第三王女の軍に入り、クレノと同じくフィオナ姫じきじきのスカウトで魔法兵器開発局に入ったようだ。

 予算関係は彼女が掌握しており、クレノにとっては頭が上がらない人物である。

 そんな二人のようすをほほえましく見守りながら、ハルトが壁の穴をふさぐための木材と、部下をふたり連れて入ってくる。


「これから、すぐに応急処置をいたします。これだけ大きな穴があるとお寒いでしょう。塞ぐまで、どこか別の部屋に避難していてください、殿下」

「うむ。今日はクレノ顧問の部屋で仕事をすることにするぞ!」


 ハルトはそれからすぐ壁の穴をふさぐ作業に入った。

 魔法兵器開発局は研究を主目的とする部局だが、魔法兵器が戦争に使われる以上、それを実戦で試していく試験部隊が必要になる。ハルトはその部隊の隊長だった。

 背が高くて力もち、ちなみに、金髪碧眼のイケメンである。

 フィオナ姫とクレノ顧問、カレンとハルト。この四人が、魔法兵器開発室の主な仲間たちである。


「さあ、次は何を作ろうかのう! 今度はもっと大きな穴があけられるやつを作るぞ、クレノ顧問!」


 フィオナ姫がワクワクした顔つきで言ったので、カレンはびっくりしている。

 ハルトも苦笑いだ。


「挑戦は、何度したっていいものじゃ!」


 その考え方は、クレノが無人島にいたときから変わらなかった。


「そういえば、姫様。マンドラゴラたちはどうしていますか?」

「みんな元気じゃ!」


 あのときのマンドラゴラたちは、姫様の部屋のプランターでぬくぬくと暮らしているという。世代交代するうちに、毎朝、姫様とともに起き、点呼をすると返事をして手を挙げるまでに知性が育ったようだが、他の植物を敵視する性格だけはあいかわらずだ。


 時折、王宮に飾られている観葉植物をひっこぬいては、メイド長に怒られているとのことである。

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