目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第11話 マンドラゴラ自動栽培システム③


 粗末な見張り小屋でも、王女様にとっては珍しいもののようだ。

 フィオナ姫は壊れかけのかまどや水桶をのぞきこんでは「へえ」とか「ふん」とか言っている。クレノはほして乾かしたマンドラゴラの頭の草をポットに入れ湯を注いだものを出した。

 フィオナ姫はいきおいよく飲みほし「まずい!」と言って笑った。


「申し訳ありませんが、上等な茶葉はここにはないのです」

「うむ、責めたわけではない。それに、茶を飲みに来たわけでもない。単刀直入に言おう。クレノ技術少尉。じつはな、わらわがここに参ったのはそなたをするためじゃ」

「さっきも似たようなこと言ったのに、平然と仕切り直さないでくださいませんか。いやですったら」


 フィオナ姫はびっくりしたあとで、捨てられた犬のような、いまにも泣きそうな顔つきになった。断られたことがないのだろうか。ないのかもしれない。

 目の前にいるのは、ヨルアサ王国の王族なのだ。

 護衛たちの空気もピリピリしているから、うそではないとわかる。


「なぜじゃ~! これはよい話じゃぞ! わらわと一緒に来れば、一日三食おやつつき。給料もたっぷりだすし、そなたが望むものはなんでも、フレックス制もリモートワークも許すぞ!」

「そもそもこれはいったいどういうお話なのですか」

「おお、それはな……」


 フィオナ姫は王族みずからこんな無人島にやってきた理由を話しはじめた。


 ヨルアサ王国は建国から実に435年の歴史を持つ微妙な王国である。


 長いような、短いような。でもやっぱり長いような。

 千年単位で歴史を刻んでいる大国からみればまるで大したことがなく、数十年の歴史しか持たない小国からみると『気さくな地元の先輩』レベルの尊敬を集められそうな、そんな国である。

 そして、現在の国王には五男四女がいる。

 王子たち、王女たちは、それぞれが軍隊を持っている。といっても大半は形式的なもので、実際に軍隊を率いることはあまりない。王族として生まれついただけで、一生安泰だ。宮殿の中から一歩も出ずに、遊び暮らして人生を終えることだってできるのだ。

 フィオナ姫も例にもれず、王国に生まれた姫君としてぬくぬく宮殿で暮らし、部隊を率いる日は一生こないはずだった。

 だが、彼女は、何を思ってか自分の軍隊に部局をひとつ増やし、魔法兵器開発をさせることにした。


「その開発責任者としてクレノ・ユースタス技術少尉を迎えたいのじゃ!」

「うーん、わかりませんね。失礼ですが、王子さま方はともかく、王女さま方は、軍事にはあまり興味がないと思っていました。どうして魔法兵器なんですか?」

「うむ、よくぞ聞いてくれた。ある日わらわは思ったのじゃ。このまま王族としてのつとめも果たさず、ダラダラすごしていてよいのか――……と」

「はあ……」


 こぶしを握りしめるフィオナ姫の言葉の続きを待つが、いつまでも話がはじまらない。手もとのマンドラゴラ茶が空になるまで待ったが、延々と沈黙が続くだけだった。


「——えっ、終わりですか!?」

「ん? ほかに何か言うことがあるかのう」

「いや、あるでしょ、いろいろ。魔法兵器って何のことだかわかっているんですか? 戦争に使うものなんですよ」


 クレノはびっくりした。まだ十四歳の女の子が、王族としての自覚を持つのは良いことだ。しかし、それと魔法兵器開発、そして戦争は別物だ。

 けげんな顔つきのクレノとは対照的に、フィオナ姫はなぜか自信たっぷり。謎のわけ知り顔であった。


「もちろん、それはわかっておる。わらわが思うに、これから先、強力な魔法兵器を開発することこそが、わがヨルアサ王国において大切になってくると思うのじゃ」

「な、なぜです?」

「それはな。シンダーナ神聖帝国が攻めてくるからじゃ」

「は?」


 シンダーナ神聖帝国は、ヨルアサ王国と国境を接する齢千年越えの大国である。

 シンダーナは周辺諸国家を侵略し、吸収合併することで誕生した国家で、野心的で戦争上手なイメージがある。だが、それは千年前の歴史だ。

 少なくとも、ヨルアサ王国が建国して以来、小競りあいはあったにせよシンダーナ神聖帝国が本格的な侵略戦争をしかけてきた、という事実はない。


「いったいどういうことですか? まさか、王族方の間にはそのような情報があるのですか?」


 クレノは戸惑った。王国軍人として、その手の情報はつねに収集しているつもりだが、シンダーナ神聖帝国がヨルアサ王国に侵略をしかけてくる兆候がある、なんて話は聞いたことがなかった。

 フィオナ姫はマンドラゴラ茶のおかわりをすすりながら、渋い表情を作ろうとがんばって鼻のあたりをモゾモゾしていた。


「じつは、シソー公国がシンダーナ神聖帝国と同盟を組むらしい、という話を、お兄様たちとの茶会で耳にしたのじゃ」


 シソー公国は、ヨルアサ王国よりも小さな国で、シンダーナとヨルアサのちょうど中間くらいに位置している。


「……まあ、シソー公国はもとよりシンダーナ神聖帝国とはなかよしですからね。仲が悪かったらとっくの昔に吸収合併されているでしょうし」

「そこでわらわは思ったのじゃ。シンダーナ神聖帝国がもしも敵になったとしたら、王国は果たしてどうなるのか、とな。もちろん、戦争になるじゃろう」

「はあ……」

「はっきり言って、いまのヨルアサ王国には、シンダーナと戦う力はない! ならば、民と国土を守るため、のために備えておくべきではなかろうか……と!」

「いや、ちょっと待ってくださいよ。証拠とかがあるわけじゃないんですよね。スパイが秘密の情報を送ってきたとか!」

「それはない!」

「同盟を組むというのも本当のことなんですか?」

「わからん!」

「じゃあ、シンダーナが戦争を仕掛けてくるとかは、完全に根拠のない妄想なんですよね!?」

「妄想とか言うな。推測じゃ! わらわの名推理じゃ!」


 クレノはあきれていた。

 さきほどまでクレノがフィオナ姫に感じていた王族のカリスマらしきものはどこかに消えうせ、そこにいるのはただの十四歳の女の子になっていた。


「本当に攻めてくるかどうかなど問題ではないわ。わらわはが大事だと言っておるのじゃ。だいたい、戦争を仕掛けられてから魔法兵器を開発したって、そんなの遅いではないか」

「まあ、それはそうですけど……」


 実際のところ、シンダーナ神聖帝国は魔法兵器開発では第一線を走っている。

 シソー公国は小国であるが、名の知れた魔法使いを有している。もしも二者が手を組めば、さらに研究開発は加速していくことになるだろう。


「ですが、俺はもう魔法兵器開発にたずさわるつもりはありません。金輪際ごめんです」


 最近は忘れつつあったが、一年前はワーウルフ掃討作戦の失敗が脳裏にこびりついて消えてくれなかった。何度も悪夢をみては飛び起きたほどだ。

 ようやく平穏に暮らせるようになったのに、また元に戻りたくはない。


「それは、パンジャンドラムのことじゃな……」

「ご存知でしたか。あれはひどい大失敗でした。俺には魔法兵器を開発する才能なんてありません。ほかを当たってください」


 クレノがはっきりと断りの言葉を口にしても、フィオナ姫は立ち上がる気配すらみせなかった。


「いやじゃ。わらわは本気じゃ。そのために必要な人材は、クレノ・ユースタス技術少尉、そなたしか考えられぬ!」

「なぜそこまで俺にこだわるんですか?」

「クレノ技術少尉。小屋の外の畑、マンドラゴラでマンドラゴラを育てる画期的な自動栽培システムは、そなたの発明であろう」


 クレノは窓の外を見た。

 そこには、自分が魔法で築いた畑がある。一年以上、あきるほどに見慣れた光景だった。それほど褒められるようなものではないが、気がつくと、フィオナ姫も同じ光景を見つめていた。

 十四歳の女の子が、その青い瞳をかがやかせ、まるで飽きることなく見入っていた。


「わらわはあの畑をみて確信したのじゃ。あれは天才の発想じゃ。常人にはとてもまねできぬ!」

「生きるため、必要に迫られて作った畑です。そんな大層なものじゃありませんよ」

「そうか? わらわも土いじりをしたことがあるぞ、母上の離宮でな。少しクワを握っただけで、手の皮がやぶれてしもうた。いつも世話をしてくれている庭師の手もかたく強張っておる……。王国のすべての畑がこのようになれば、庭師も、農民もみな喜ぶであろう」


 そう言うフィオナ姫は真剣だった。

 どうやら、この姫には民を想う気持ちというものがあるらしい。


「少し魔法の覚えがあればだれでも似たようなことができます」

「その発想を実際に行動にうつすかどうかが問題なのじゃ。クレノよ、そなたはパンジャンドラムを失敗したと言ったが、それは挑戦した結果じゃ。そなたが共に来てくれなくとも、これだけは言っておくぞ」


 青いまなざしがまっすぐにクレノを射抜く。

 まさに、射抜くという言葉がふさわしい、強い意志をもつ瞳だった。

 そして続けざまに放たれた言葉は、今のクレノだけでなく、過去のクレノ――生前の暮野祐一の心にも深く刺さった。


「パンジャンドラムは、あれは誰がなんと言おうとすばらしい兵器じゃ!」

「……!!」

「巨大で大迫力、何よりも前例がない! 人類の歴史がはじまって以来、だれも見たことのないものが、地を駆け、空を飛び、大爆発して魔物を倒したのじゃ!」

「だけど、ワーウルフ掃討作戦は失敗したんですよ……? 地方軍にだって、大損害を与えたはずです。パンジャンドラムは、どうしようもない失敗兵器なんです」

「ええい、笑いたい者には笑わせておけ! じゃが、わらわはその勇姿が見てみたかった! よくぞかような物をつくりあげた。そなたは天才じゃ。ヨルアサ王国第三王女、フィオナがほめてつかわす!」


 クレノはなんとも言えない気持ちだった。パンジャンドラムが爆発し、作戦が失敗してからというもの、クレノは心無い言葉ばかりをかけられてきた。どこに行っても笑いものだった。

 しかし、フィオナ姫は一度も笑わず、それを開発したクレノを認めてくれたのだった。


コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?