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第10話 マンドラゴラ自動栽培システム②

 *



 それから数か月後、クレノは悠々自適に暮らしていた。


 といってもあばら家暮らしであることは間違いない。が、すきま風が吹いていたところはなんとか改修したし、日中は本を読んでゆっくりできる。


 ベッドに寝転がってほとんど動かなくても、一日は何事もなく過ぎていく。


 そして空腹になると、部屋の隅に置いたバケツを手におもむろに畑に出た。

 畑には、島に来たときには考えもしないような光景が広がっていた。


「や~っ! はぁ~~っ」

「とぉ~~~~!」

「とぅ~~~~す!」


 畑を耕す小さくてかわいらしい声が聞こえてくる。

 しかし、それは人間の声とは違っている。


 クレノの命令通り、地面にクワを入れ、水をまき、収穫作業をしているのは、すべて体長三十センチほどのだった。


 彼らの見た目は頭に葉っぱをつけた根菜だが、自立して歩き、道具を使いこなしている。


 成長魔法で収穫を繰り返した理由は、食料を得るためだけではない。

 品種改良をくりかえすことによって『叫び声が小さな品種』を作りだし、を作りだすことが目的だったのだ。


 クレノが無人島での暮らしでも日がな一日だらだらしていられるのはすべてが彼らのおかげだ。


「作物がみずからを育ててくれるなんて、こんなに有難いことはないな……」


 マンドラゴラによって地面から引き抜かれた仲間たちはすぐに立ち上がり、道具を取って生産にまわる。

 頭の葉っぱがしおれ、寿命が近づいて動きが悪くなってきたマンドラゴラが食べごろだ。


 もちろん若いマンドラゴラとくらべると味は落ちるが、クレノしかいないこの島で労働力は欠かせないものだ。

 二、三匹をバケツに回収すると、さっきまで動きまわっていた連中がとたんに大人しくなった。

 他のマンドラゴラたちは、クレノが怖いのか震えている。

 マンドラゴラたちにはどうやら知性らしきものがあるらしい。

 だが、彼らは創造主であるクレノのことを神のようにあがめており抵抗らしい抵抗をすることはない。

 マンドラゴラを井戸水で洗って鍋に入れ、火にかけるとぐったりとして、じきに食べられるようになる。


「茶いドラゴラは~少し辛い~♪ こげ茶いゴラは~炒めるとうまい~薄茶いゴラは煮物むき~、黒ドラゴラは~、まずい~♪」


 どこかで聞いたことがあるようなオリジナルソングを歌いながら、これからのことを考える。


 長い人生、ずっとこの小屋でマンドラゴラを育てて暮らすのだろうか。

 そう考えるとあせりもあった。


 そうしているうちに冬が来て、再び春がきた。

 クレノがワーウフル掃討作戦で大失敗してから一年以上が経過した。


 このころには、クレノは無人島で暮らす運命を受け入れつつあった。

 左遷されたといっても、無人島では食料の生産ですらマンドラがやってくれる。

 報告の義務さえ果たせば食べるものには困らず、何より働かなくてもいい。


 技術開発局で働いていたときは、納期やノルマに追われて食事も満足にできない日々だった。

 それにくらべたら天国のようなものだ。


 慣れとは怖いもので、パンジャンドラムのことも思い出すことはなくなった。


 もともとがパクリのアイデアだ。

 他人のふんどし——ネビルおじさんの——を思いっきりはきこなして、それで出世しようなどというのがおこがましかったのだ。



 *



 休日になると、あまったマンドラゴラや補給の日用品を売りに街に出かけた。


 海兵でもないのに必死で手漕ぎボートをこぐ。

 小さな港町でも、いまのクレノには大事な世間との接点だ。


「あら、クレノ少尉! 今日はいいの入ってるよ」


 軍服姿のクレノをみつけると、すかさず市場のおかみさんたちが声をかけてくれる。

 とくに重要でもない小さな港町では軍人がめずらしいのか、街の人たちとはすっかり顔見知りだ。


 作物を売って作った小銭で、海沿いの喫茶店に入り紅茶を注文した。


 天気がいいのでテラス席を選んだ。

 都会の洗練された店とはまったく違うが、手作りのテーブルクロスや飾られた小さな花に店主の気遣いを感じる。

 こじんまりとした石畳の街の雰囲気によく似合う店だった。


 このまま晴耕雨読せいこううどくの日々も悪くない。


 クレノはそう思いながら、店主が用意してくれた紅茶のカップに口をつけた。

 すると、舌にざらりとした不快な触感があった。


 ——その瞬間、クレノは口にふくんだものをすべて海に向かって吐きだした。


 真水で口内をよくすすぎ、それから店主に向かって怒鳴った。


「おかみさん! 俺の飲み物は全部砂糖なしでって言ったでしょう!!」


 明るいオレンジ色のエプロンをつけた中年女性は、店の入口から心配そうにクレノの様子をうかがっている。


「あらぁ。クレノちゃん、だってアナタ、若いのにガリガリじゃない。もっと甘いものを食べて太らなくちゃだめよ! うちの主人なんてね、お紅茶にはこれぐらいのマンドラゴラ糖を入れるのよ!」


 店主は、ごはん茶碗くらいの大きさのボウルに山盛りの砂糖を入れて持ってきた。


「そんなに砂糖を入れて飲んだら、病気になっちまうよ!」


 港町に住む人々は人柄もあたたかく、よそ者にも親切にしてくれる……のだが、砂糖の使用量に関してだけは異常であった。


 この街で作られる食品のほとんどすべてには、多量のがふくまれている。

 パンは菓子パンだらけだし、魚や肉の臭み取りや保存にも砂糖を用いる。調味料にものきなみ入っているし、紅茶やコーヒーは言わずもがなだ。


 カフェのテーブルには壺みたいなでかさの砂糖入れが備えつけられていた。

 港町の住民はみんな、それぞれの壺から山盛りに砂糖をすくって茶を飲む。

 はじめてこの店で紅茶を飲んだときなど、クレノが壺から小さなスプーンで砂糖を一杯入れただけで、店内にどよめきが走ったほどだ。

 あまりにも驚かれたのでつい「?」と言ってしまったが、そんな場面で使いたいセリフではなかった。


 その後、街でのクレノの二つ名は『辛党のユースタス』である。全然かっこよくない。


 この地方で砂糖が入っていないのは生みたての鶏の卵と、クレノが島で育てているマンドラゴラくらいのものだ。

 ただ、こうした食習慣も無理はないのかもしれない。

 なにしろ昔は貴族しか食べられない貴重品だった砂糖を、今ではタダ同然で食べられるのだ。


 しかしながら何を食べても甘ったるいというのは、クレノにとっては受け入れ難い味覚だった。

 だいたい、紅茶を飲むたびに茶碗一杯分の砂糖を入れていたら、遠からず糖尿病になってしまう。たかが食事ひとつ、されど食事だ。

 さきほどは晴耕雨読もいいか~などと言っていたクレノだが、本心はちがう。

 彼の魂は全力で叫んでいる。


(嘘だっ!! ここではないどこかに行きたい!! 今すぐにでも!!!!)


 そんなときだった。

 港のほうから、街の若い衆が走ってくるのが見えた。


「ユースタスさん! あんたの島にでかい船が近づいとるぞ!」


 俺の島ではないが——それは些細ささいなことだった。

 テーブルに金を置くと、大急ぎでボートに戻る。

 携帯していた望遠鏡を覗くと、言われた通り、大きな船が帆を上げて島に近づいている。


「軍船だ……まさか敵国……?」


 『竹槍で玉砕』というフレーズが脳裏によぎるが、よくみると掲げている軍艦旗はヨルアサ王国のものだ。

 なぜなのかはわからない。

 まさか、クレノがどうでもいい監視任務を続けているか確認しにきたわけでもあるまい。


 交代はないが休みはあるし……。


「とにかく、すぐ行かないと!」


 荷物を喫茶店に預けたまま、クレノは必死にボートをこいだ。



 *



 息を切らしながら島に帰り着くと、すでに軍船からも上陸用のボートが出ており、乗り手はとっくの昔に上陸した後だった。


 クレノは念のためにホルスターに入れたままの魔法の杖に右手をかけて、慎重に小屋へと向かった。


 木立のむこう……。

 畑のほうから人の話し声がした。

 しかも聞き間違いでなければ、それはの声だった。


「すご~い! すごいすごい、なんじゃこれは~~~~! ほれっ、お前たちも近くでよく見てみよ! マンドラゴラが農作業をしておる! こんなの信じられるか!? まるで夢みたいじゃ」


 とても若い。まだ子どもの声のように思え、クレノは杖にかけた手をひっこめた。


 木立を抜けると、うるさく騒いでいた声の持ち主がそこにいた。


 思ったとおり、少女だった。


 彼女は泥に汚れるのもの構わずに四つんばいになって農作業のようすを観察していた。

 そのうしろに付き添いの海兵たちがいたが、マンドラゴラを怖がって離れていたせいで、クレノに気がつくのが遅れたようだ。


「誰だっ!」


 海兵たちが銃口をむけるが、クレノは答えなかった。

 もちろん答えなければならないのだが、それよりも畑にいる少女から目が離せない。


「おそ~~~~い! 貴様がクレノ・ユースタス技術少尉であるな!」


 金色のツインテールを揺らしながら彼女は立ち上がり、振り返る。

 絹のグローブをつけた両手も、フリルがたくさんついたドレスのひざもすっかり泥で汚れてしまっている。

 だが、そんなことは何ひとつ構わないようすで、少女はクレノに太陽のような笑顔を向けている。


 クレノはその場で片足をつき、頭を垂れた。


 なぜこのときそうしたのか。

 クレノは後になって考えたが、はっきりとした答えは出なかった。

 自然と、気がついたらそうしていたのだ。

 彼女の身なりや顔立ちが王家の肖像画のそれとうりふたつだと気がついのは、これよりも少しあとのことだった。


「わらわはフィオナ・エーデルワイス・ヨルアサ。ヨルアサ王国第三王女じゃ」


 名前を告げられたときも、クレノはいやに冷静だった。

 そんな気がしていた。


「はっ。ご尊顔を拝しまして光栄至極に存じます」

「堅苦しいあいさつは抜きじゃ。わらわはここに、を探しにまいった。クレノよ、お前、わらわのもとで魔法兵器を開発せんか?」

「イヤです!」


 クレノは即座に拒否した。


 何か運命らしきものを感じていたはずなのに、魔法兵器という単語を聞いたその一瞬で、爆発するパンジャンドラムの姿が頭の中に舞い戻ってきたからだ。

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