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第9話 マンドラゴラ自動栽培システム①


 見渡すかぎりの水平線が見えた。

 太陽の光を反射して輝く水面。

 あまりにも悠々とした青は穏やかに凪いでいる。

 パンジャンドラムが大爆発した後、クレノ・ユースタスはかろうじて辞めさせられはしなかったものの、王国南部へと異動になった。

 基地があると聞いてたどりついた先はどうみても無人島で、建物らしきものは朽ち果てた小屋だけ。前任者は齢八十をこえた老人だった。

 仕事は日がな一日水平線を見つめ、敵影がないかどうか確認すること。


 ちなみに、前任者によると敵影が見えたことはないそうだ。


 海原に飛来するのはカモメだけ。

 運がいいと時折クジラが見えるらしい。

 仮に敵がやってきたとて、どうすることもできない。

 クレノにできるのは今度こそ軍服を捨てて逃亡するか、竹槍で突撃し玉砕することのみである。


 つまり、要するに、これは露骨すぎる左遷なのである。


 クレノが去ったあとの地方軍は、なんとか体勢を立て直し、ワーウフルの駆除を進めているらしい。指揮官は相変わらずゲスタフで、技術開発局局長の座にはキリギスという名前の魔法兵器開発者が就いた。——と、一月まえの新聞に書いてあった。

 新聞には顔写真も掲載されている。キリギスは黒いワカメみたいな髪をだらりと伸ばした、薄気味の悪い痩せた男だ。

 同じ出世レースを争った相手だからクレノもよく知っている。

 見た目通り絵本に出てくる悪い魔法使いみたいな男で、技術開発局の有名人だった。

 直接話したことはないが性格も悪いらしく、毎朝ジャンガリアンハムスターを一匹食べてから出勤するというウワサだ。

 もちろん本当にハムスターを食べているわけではないと思うが、そんなウワサを流される時点でどんな人物かはお察しである。


「なぜ…………こんなやつが出世して、俺が…………こんなところで…………」


 もちろん原因はあきらかだ。

 パンジャンドラムの事故による作戦失敗のせいだ。

 だが、わからないのは、あのときどうして下がらせたはずの攻撃強襲型が戦場のド真ん中にあったのかということだった。

 何度もくりかえし試験をしたはずなのに、推進装置が外れたのも、普通だったらあり得ない。

 なぜなのか、どれだけ考えても結論は出なかった。


 クレノはそのうち考えるのをやめた。


 そんなことよりも、すきま風がふく小屋をなんとかしなければならないし、とにかく食いつながなければならない。

 補給品は定期的に届くが、月に一度きりで、中抜きでもされているのかやたらと量が少なかった。

 おまけに食料は味の濃い缶詰や保存用の堅パンしかない。

 嵐にでもなって海が荒れれば補給は延期だ。

 考えたすえ、一番近くの港町に行き、缶詰を少し売ってマンドラゴラの苗を手に入れた。


 王国南部アサノ地方の一部ではマンドラゴラ糖の生産が盛んだ。


 マンドラゴラというのは、ファンタジー作品によく出てくる引っこ抜くと叫び声を上げる植物のことだ。

 普通は魔法薬を作るために使われるが、叫び声を聞いた人間は死ぬというので魔物の一種のように恐れられていた。

 アサノ地方で育てられていたマンドラゴラの原種もそのようなものだったが、交配を続けるうちに糖分を多量に含んだマンドラゴラができた。


 これを加工することでできたのがマンドラゴラ糖だ。


 これは砂糖が希少品だった王国にとってはまさに革命的な作物だった。

 以降、マンドラゴラの産地は次々に糖を取るためのマンドラゴラ栽培に転換していったわけだが、クレノが手に入れたのは原種に近い苗だった。

 苗を手に入れたあとに待っていたのは慣れない農作業だ。

 島の土地を開墾し、最初の苗を植えつける。


「——大地の法、魔法解放アインザッツ


 苗にかけたのは成長促進魔法である。

 専門ではないので広範囲には使えず、土地もやせてしまうが、無人島の土がどうなったとしても気にする人間はいないだろう。

 その後も、クレノは魔法を駆使してマンドラゴラを植え続けた。




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