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第7話 異世界式パンジャンドラム②


 待ちに待った勝利の瞬間だった。

 それまで積み上げてきた転生後人生がようやく花開く瞬間が来たのだ。

 クレノの作り上げたパンジャンドラムが、魔物のはびこる異世界の大地を進んでいく。


蹂躙じゅうりんせよ、パンジャンドラム!」


 パンジャンドラムは前世では欠陥だらけの使えない兵器だった。

 でも、今世では違う。このパンジャンドラムには、異世界の魔法技術のすべてを詰めこんでいるのだ。

 クレノの命令に従い、魔法兵器と化したパンジャンドラムは十六機もの魔法ロケットから炎を噴出させ、凄まじい勢いで回転しはじめた。

 超巨大な車輪が土埃をあげながら走りだす。

 そして、鋼鉄の巨体はワーウルフたちを次々に蹴散らしていった。


「——よしっ!」


 魔法の加護を得て高速型パンジャンドラムとして生まれ変わった珍兵器は横転することもなく暴発することもない。

 比較的、まっすぐ走ることもできる。

 まさに偉大なパンジャンドラム。

 ネヴィル・シュート・ノーウェイもこれにはにっこりだ。

 しかも用意したのはこれ一機ではない。


「空戦型を出せ!」


 激しい音響が地面を揺らす。

 推進力を空へとむけ、もう一基のパンジャンドラムが空へと飛び立ったのだ。

 空を飛ぶ航空戦力として魔改造されたパンジャンドラムは、地を走る車輪としての姿を忘却のかなたに捨て去り、地上に向かってはげしい銃弾の雨を降らせる。

 この攻撃に、魔物たちはまるでなすすべがなかった。

 散り散りになったところを、進軍してきた地方軍に端から倒されていった。

 これほど簡単な狩りはいまだかつてないだろう。


「攻撃強襲型を出しますか、クレノ技術少尉!」

「合図を待て。むしろ下がらせておけ。攻撃急襲型は爆薬の搭載量が多く引火した場合、危険だ。それにこの調子なら先に出した二体で十分だ」

「はっ!」


 去っていく部下を、クレノは見ていなかった。

 彼は指揮所から見渡す戦争の光景に完全に酔いしれていた。

 魔物や魔法が存在する異世界で、パンジャンドラムが縦横無尽に駆け抜ける光景は、まさに奇景といって過言ではないだろう。

 現代世界には様々な兵器がある。

 それなのにいったい、なぜ彼は十九年もの歳月を費やし、パンジャンドラムを再現する道を選んだのだろうか。


「ふ…………ふふふふ! はははははーっ! ——ざまぁ見さらせっ! 俺はこのまま異世界で、出世街道を駆け上がり一軍を率いる将になるぞッ!!」


 ——再び《横田》の話に戻る。

 クレノが異世界に来てまでパンジャンドラムを作り上げたのには、わけがあった。

 彼は前世の高校時代、オタク仲間数名とつるんでいた。


 そのうちのひとりが軍事オタクの横田和史よこたかずふみだった。


 横田は両親共に自衛隊出身ということもあって知識量は物凄く、周囲に一目置かれる存在であった。だが、横田は若干、他者への配慮の欠けた人格をしていた。

 というのも、横田はさほどミリタリー関係に興味を持たない『普通のオタク』であるクレノにも毎日のように知識の洪水をワッと浴びせかけてきたのである。

 横田との会話のほぼ九割は軍事関係がテーマで、残り一割が国際政治に関する話題で占められていた。たまにクレノが美少女アニメの話題を出しても、まるで取り合わない。

 クレノは横田と話しているとき、もしかして日本は戦時下にあるのではないかと錯覚することがよくあった。


 とくに苦痛だったのは横田が毎日のように紹介してくる本格軍事解説動画を、つらい思いをしながら見続けたことである。


 横田はひどいやつで、クレノが動画を見たかどうか必ず確認し、見ていないと鼻で笑うのだった。

 そんな横田のことをクレノは何度も見限ろうとしたが、オタクコミュニティはなんだかんだ狭い。

 それも人づきあいのうちと思いがまんして見続けているうちに、すっかり検索履歴が汚染され、ミリタリー関係の動画しかおすすめ欄に表示されなくなった。

 絶望の毎日である。

 そんなとき、クレノのおすすめ欄に思わぬ光がさしこんだ。

 ようやくライトオタク層であるクレノにも楽しめそうなミリタリー系の動画を発見したのである。

 それこそが『珍兵器』の解説動画であった。


 クレノは横田の導きにより、パンジャンドラムと邂逅したのである。

 この歴史的な失敗兵器は、見た目のコミカルさとシュールさから時代の寵児インターネットのオモチャになっていた。


 本格的な軍事知識には興味がもてなくても、娯楽性が強いコンテンツであれば、横田の趣味嗜好に寄り添いつつ共に楽しめるかもしれない。


 しかし、クレノの気持ち横田知らずである。オリジナルのパンジャンドラムを作成し、戦わせるゲーム動画を横田に紹介すると、横田は半笑いの表情を浮かべた。

 それだけにとどまらず、クレノに蔑みのまなざしを送った後、こう言ってのけた。


 おまえって、ほんと、だよな。


 この言葉は十代のクレノ(前世)の心に突き刺さり、以降ずっと抜けないトゲになった。

 その反動が異世界で出ていた。

 クレノは高らかに吠えた。


「見てるか横田ーッ!? お前が鼻で笑ったパンジャンドラムで俺が出世するところを! 生前はずーっと言えなかったが、体育の成績が俺より下でマラソン大会は保健室行き常連のお前が自衛隊に入ったとて!! どーせ新隊員訓練もこなせずに脱落だっ! 続いていたとしても今の俺より絶対に階級は下! 下も下だッ!!!!」


 あちこちで銃火が火を吹き、大砲の轟音が鳴り響く戦場の高揚が彼を恍惚こうこつとさせていた。

 何ものかになりたい……とか言っていても、要するにこれは微妙な青春への復讐なのである。

 しかし戦火はそれすらも、大地のすべてを覆い尽くしていく。

 そのとき、予想だにしない方向から、銃声でも大砲の音でもない炸裂音さくれつおんが響いた。


「何っ!?」


 あわてて視線をめぐらせると、ワーウルフたちを蹴散らしていたはずの高速型パンジャンドラムが横転し、片輪から炎を吹き上げているのがみえた。

 ワーウルフたちが引き倒したのかと思ったが、違う。一瞬でよく見えなかったが、推進装置のひとつが脱落して転がっている。

 しかしそれもすぐに、続く轟音と立ちのぼる煙幕えんまくで見えなくなった。

 パンジャンドラムに積まれた爆薬に引火し、大爆発が起きたのだ。


「ああっ、俺のパンジャンドラムがっ!」


 パンジャンドラムは粉々に砕け散り、破片がワーウフルだけでなく、自軍にまで飛び散った。

 それだけでも大した損害なのに、不運は続くものだ。

 砕けた破片は空高く舞い上がり、大空を悠々と飛んでいた飛行型パンジャンドラムを襲った。


「やめろお! 飛行型は軽量化のせいで防御力が低いんだ!」


 言い終わらないうちに、飛行型パンジャンドラムは木っ端みじんに爆発し、黒い煙の尾を引いて地面に落下していく。

 その下には、さらに間の悪いことに、最後のパンジャンドラム——攻撃強襲型がいた。攻撃強襲型パンジャンドラムは敵軍を殲滅せんめつするために設計された魔法兵器だ。その本体には、地方軍がもてるありったけの爆薬が積めこまれていた。


「退避! 退避ーーーーーーッ!!」

撤退てったいだーーーーっ!」


 撤退のラッパが吹き渡る。兵士たちは悲鳴を上げながら逃げていく。


「なんでだよ! 後ろに控えさせろって指示を出したはずなのに!!」


 クレノが悲痛な叫びをあげても、それを誰が聞くでもない。

 そして、爆発を止められるわけでもない。


「あああああーーーーーーーーっ!」


 火がついた破片を浴びた瞬間、攻撃強襲型パンジャンドラムは、これまで以上の大爆発を引き起こした。

 爆風が戦場を駆け抜け、クレノたちのいる指揮所の天幕を吹き飛ばす。

 それだけでも甚大じんだいな被害である。


「俺の…………俺の魔法兵器が…………俺の、パンジャンドラム…………俺の夢が……………っ」


 前世知識とはいえあくまでパクリなのでクレノのではないが。

 彼はこの瞬間まで胸に抱いていた全ての希望がついえる音を聞いていた。

 土埃がおさまると、そこにはただただ混乱があった。

 未曾有みぞうの大混乱である。

 顔を上げると、ゲスタフは真顔であった。

 さっきまで豊かな髪が覆っていたはずの頭部は、ピカピカのハゲ頭になっている。

 先ほどの爆風でカツラがふっとんんだのだろう。

 しかし、そのことを指摘する勇気はない。

 ゲスタフは永久凍土の氷よりも、そして元同級生の横田よりも冷たい目つきでクレノのことを見下ろしていた。


「クレノ……お前もう地方軍降りろ……」


 異世界翻訳が変な仕事をしているが、たぶん、ゲスタフは「辞めろ」と言いたかったに違いない。

 この状況では何を言われたとしても「はい」以外の選択肢はなかった。

 その後の記憶はない。すべてを失ったクレノ・ユースタスには、そこから逃げ出した覚えはなかったが、気がつくと撤退する地方軍の荷車の中にいた。


 こうして、異世界での戦いは結着した。そして、パンジャンドラムはネヴィル・シュートも知らないような世界線ですら歴史的な敗北を遂げたのである。


 王国歴434年、飛蝗バッタの月13日のことであった。

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