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第6話 異世界式パンジャンドラム①



 王国歴434年、飛蝗の月13日。



 それはクレノ・ユースタスがフィオナ姫と出会い、魔法兵器開発局に入る前のこと。およそ一年と数か月前のことである。

 当時、クレノ・ユースタスは地方軍で主任研究員として働いており、正真正銘の戦場に立っていた。


 布陣したヨルアサ王国地方軍の前に立ちはだかるのは、全身が灰色の毛に覆われた異形の魔物である。鋭い牙と爪、巨大な体躯で人を襲う、ワーウルフの大群が平原を覆いつくしているのだ。

 人狼と名を冠しているが、ただ二足で立つこともあるというだけで、人とは相容れぬ存在だ。しかもこの群れは数が多く、長は強大で、地方軍もこれまで積極的に討伐をしてこなかった。王国の北部にようやく実った作物を略奪されるのを、みすみす見逃さざるを得なかった苦渋の歴史の末にこの決戦の場があった。


 地方軍はその威信をかけて、今まさにワーウルフを殲滅せんめつせんとしている。


「クレノ・ユースタス技術少尉。本作戦が成功するか否かは、キミの開発した魔法兵器にかかっている」


 そう、司令官のゲスタフは言った。

 ゲスタフは北部人らしい、黒褐色の髪に口ひげを生やしたいかめしい男だった。

 いかにも現場で叩き上げられてきた軍人らしい軍人で、魔法を嫌い、クレノのような魔法使い兵のことも嫌っていた。

 だが、そうした信念を曲げてまでクレノをそばに置いたのはワーウルフ掃討が悲願だったからに違いない。


「よいか、この作戦には地方軍の命運がかかっていると言っても過言ではない。成功した暁には、キミは大尉に昇進し、技術開発局局長の席が与えられるだろう」


 そしてゲスタフには北部将軍の座が待っている――という噂があったが、それはこの際、問題ではなかった。


「もちろん作戦は是が非でも成功させます! 私の魔法兵器の力で!」


 クレノは力強くうなずいた。

 ワーウルフ掃討作戦には、ゲスタフと同じくクレノの人生のすべてがかかっているのだ。


「うむ。それでは、開戦の合図をするがよい」

「はい。——発進せよ!!」


 戦場にクレノの合図が走ると、地方軍の背後に巨大な兵器の影が三つ現れた。

 ラッパの音の号令により自軍が左右に展開し、地響きとともに現れた魔法兵器のための花道が開いた。

 地方軍の中心を悠然と進んでいくのは超巨大な『車輪』であった。

 それは見上げるほどの大きさの——。


「自立稼働型魔法兵器パンジャンドラムッ改! 点火ッ!」


 二つの車輪が平行になるように配置されたそれは、だれがどうみてもパンジャンドラムであった。第二次世界大戦時にイギリス軍が開発し、直進できない、方向転換できない、地面の凹凸に弱いなど多大な問題を抱えた『失敗兵器』の代表格である。


 ただし、それは、このように巨大な兵器ではないはずだった。


「はは! ————はははははっ!!」


 クレノは哄笑した。

 その声は、戦場の轟音にかき消されて誰にも届かない。

 だが、彼は確かに叫んでいた。


「見てるかッ!! 異世界転生してからというもの苦節十九年ッ!! とうとうお前が大嫌いなパンジャンドラムを異世界で完全再現してやったぞッ!!!!」


 突然だが——というのは、前世でクレノと同級生であった横田和史よこたかずふみのことである。



 *



 実は、クレノ・ユースタスは異世界転生者である。


 そのことに彼が気がついたのは五歳の誕生日を迎えた日のこと。転生前は日本人として『暮野祐一くれのゆういち』を名乗っていたことを、唐突に思い出したのである。


 まあ、だからってそれが特別うれしいことだったかと言われるとそうでもない。

 生前のクレノは漫画もラノベもアニメもそれなりに薄く広く満遍なくたしなむオタクであった。が、記憶のどこにも現在暮らしている『ヨルアサ王国』に該当するファンタジー世界は存在しなかったからだ。

 思い出せてよかったなと思えたのは、この転生が原作知識で無双するパターンではないことを知れたのと、言語に不自由しなくなったことである。


 というのも、五歳になるまで、クレノは読み書きに苦心していた。


 もちろん五歳児なのだから読み書き算数なんてものはそれなりでいいのだが、クレノの場合、なんとなく両親の話す言葉や家庭教師が教えてくれる文字というものがすんなり頭に入ってこないと感じていた。

 まるですべてが真綿にくるまれているようで核心に手が届かないというか、本来自分が慣れ親しむべき言語はこれじゃないぞ、という感覚が強くあった。


 転生前の人生を思い出したとき、そうした問題は一気に解決した。

 というのも周囲の人たちが突然日本語で話しはじめたからである。


 おそらく、これがいわゆるというものなのだろう。


 前の人生でオタクだったせいか、会話中に絶妙にネットミームがまざってくるのにはうんざりしたが、それからのクレノはまるで水を得た魚のようだった。

 なにしろ異世界翻訳と前世の知識のおかげで、どんな本でも読み放題。難解な本でも読みこなせてしまうのだ。

 まだ教えてもらっていない数学や科学の知識を披露すると、家庭教師は手の平を返したように「神童」とほめそやした。


 地方領主だった両親は——心優しい人たちで、それまでのクレノのことも愛してくれてはいたが——貧乏な領地をこの天才児が盛り立ててくれるだろうと大いに期待して、魔法学校への入学資金を出してくれた。


 前世のクレノは、言ってはなんだが平凡な人生だった。

 それなりに勉強し、それなりに趣味を楽しんだ。

 でも何か突き抜けた才能があるでもなく、やりたいことがあるでもなく、なんとなく人生を浪費したという自覚があった。

 オタク趣味にしても、本当に詳しいオタク友達は高校卒業後、東京に出たり専門学校に入ったりしたのに対し、クレノはそこまで本気にはなれず地元に残った。そして気がつけば、たまに流行アニメを見るだけの中途半端な大人になっていた。


 何かひとつでも大きなことをなしとげたかった……。


 前世の人生に心残りがあるとすれば、そのことだけだ。

 だから、この人生では、前世の知識をいかして何かをやり遂げたい。


 クレノはそう強く思いながら魔法学校を卒業し、地方軍に入隊した。

 地方軍はその名の通り、ヨルアサ王国の辺境を守護する軍隊だ。魔物や山賊の討伐など実戦にたずさわることが多く、危険だがそのぶんチャンスがある。

 クレノは技術開発局にもぐりこみ、そこで魔法兵器の開発を学んだ。


 ヨルアサ王国の技術力はだいたい、元の世界の歴史でいうと1800年代の初頭。

 ナポレオンが生きていた頃と同じくらいだ。

 使用している銃もほとんどがフリントロック式の前装ライフル銃で、ようやく後装式が開発されようかという頃あいだった。

 武器の機構も使い方も前世とほぼ変わらない。


 唯一ちがうのは、この世界には魔法が存在することだった。


 さまざまな制限はあるが、それでも物理の理の外にある力は、技術の非力さをおぎなってあまりある。

 魔法の力と前世の武器や兵器の知識があわされば、退屈な人生もひっくり返るはずだ。


 きっと歴史に名前を残し、はず。


 クレノは地方軍の悲願であったワーウルフ掃討作戦に名乗りをあげ、自分が開発した魔法兵器を売りこんだ。


 そして、運命の日がやって来た。

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