見ればみるほど、蓋つきカレー容器は収納にむいていないように思えた。
銃にくらべれば小型であるものの、あちこち装飾がとがっていて重ならず、食器棚に置いたら他の皿が置けなくなることうけあいだ。
王国の主婦でこれを買いたがる者は皆無だろう。
「姫様、ひもか何かあります?」
「リボンでよければ。好きに使うがよい」
「拝領いたします」
一応、持ち手がついているので、そことベルトを姫様から借りたリボンで結わえて装着してみる。
「かっこいいぞクレノ顧問。なかなかそれっぽいではないか!」
「ふむ、中身にくらべて重量は軽い、というか見た目通りですし、これくらいなら持ち運べないことはないですね。歩くときも邪魔にならなさそうだ」
クレノは腰にランプを引っさげて、その場で歩いてみた。
——が、予想に反して一歩も踏み出すことができなかった。
身じろぎしたとたん、服の袖とランプがこすれあう。その瞬間、ランプから煙が噴き出し、アブドミナルアンドサイをキメた魔人があらわれたのだ。
「あっ! ……しまった。無意識で魔人を出してしまった。魔人を出そうという意志がなくてもこすれば出て来てしまうのか」
魔人は願いを叶えたそうにうなずいてみせる。
「すまないが、誤召喚だ。もう一度ランプに戻ってくれ」
「チィッ!」
謝ったのに、ムキムキ魔人はクソデカ舌打ちを残して去っていく。クレノはつい体がビクリと震えるのを止められなかった。
筋肉を鍛えているからか何なのか、舌打ちの音までもがでかすぎる。
次は結ぶ位置を変更し、腕がこすれない背中側に回す。
「慎重に、慎重に動くのじゃ、クレノ! また舌打ちされるぞ!」
「戦場で使うのに慎重もクソもないですよ」
「口が悪い!」
非常時に手が伸びにくいのは欠点であるが、体の前に太くて長い金色のカレー容器があるよりはましな気がした。あくまでも見た目的な問題だ。
しかし、その場で三歩も歩くことなく「カラーン!」とかん高い音がした。
後ろをみると、蓋が落っこちてソファの下に転がっていくのが見える。
「あぁ……蓋が……やっかいなところに!」
「こりゃ、何をしておるのじゃクレノ。魔人が怒っておるぞ!」
「え? 魔人が?」
フィオナ姫の手を借りてランプを外す。
ランプの中を見ると、たしかに魔人が怒っていた。
小さなランプの内部は魔人のプライベート空間になっているらしい。
シャワー中だったのか、タオルを体に巻いた魔人がヒゲそり用カミソリを手に激しく抗議していた。
「ゴシュジンサマノ、エッチ!」
「ご、ごめん……」
あわてて蓋を探し出して、容器にかぶせる。
「うーん、ダメですね! 姫様、使えませんよ、これ!」
検討の結果、クレノが出した結論はそれだった。
フィオナ姫は「えーっ!」と抗議の声を上げた。
「とにかく運搬性能が悪いの一点に尽きます。手が軽く触れるだけで誤召喚、荷物にくくると非常事態に魔人召喚ができず、蓋が吹っ飛びやすい。しかもクソデカ舌打ちが自尊心を傷つけるオマケつき。重症です。とかく、この状態でしか持てないんじゃあ……」
そう言いながら両手でうやうやしくランプを捧げもつ。
この状態でしか移動できないなんて不便すぎる。
「しかし、クレノよ。わらわはすでに相当な資金を費やし大量のランプを集めてしまったのじゃぞ!?」
「そうは言いましても、採用できないものはできません」
「そこをなんとか! 今月のおこづかいでは足らず、父王様におねだりした追加のおこづかいも投入済なんじゃ! 結果が出せなければ父王様に申し訳が立たぬ!」
「それは普通に謝ってくださいよ。大体ですね。この兵器には運搬性能以上にまずい点もあるのですよ」
「なぜじゃ、こんなにもすさまじい筋肉なのじゃぞ! 普通の兵士なら姿を見ただけで恐れおののき逃げ出すわ!」
フィオナ姫はクレノからランプを奪い取ると、こすった。
魔人がサイドトライセップスをしながら、バリバリに割れた業務用チョコレートのような腹斜筋を見せつけつつ現れる。
「だからこそです。とにかくダメなものはダメです」
俺は姫様が書いた計画書に『不採用』のハンコを押そうとした。
そのとき、フィオナ姫はまた理解不能の行動を取った。
「クレノのわからずや! だったら実力行使をするまでじゃ。明日、ムキムキ魔人のランプを使って実戦形式の演習を行う!」
「えーっ、いきなりですか!?」
「ええい、これも頑固なそなたをわからせるためじゃ。準備をしておけ、よいな!」
だめだ。クレノはため息を吐いた。
こうなった姫様は、誰の言うことも聞かない。ひとまずは望み通りにするしかないだろう。
*
翌日。天気は快晴だった。
魔法兵器開発局の運動場には、フィオナ姫とクレノ顧問の二人が突っ立っていた。
運動場にはあちこちに盛り土がされ、戦場を意識した配置になっている。
そのほかにはがらんとした運動場をみて、フィオナ姫はツインテールをぴょこぴょこさせて怒りを表明していた。
「なんっでッ! 誰もおらんのじゃ~! 実戦形式の演習じゃと言ったじゃろう!」
「そんなこと言ったって、部隊には部隊の予定ってものがあるんですよ。ちゃんとした演習には手続きってものが必要ですし、昨日の今日でできることなんてたかが知れてます。わがまま言わないでくださいよ」
「むう!」
「それに彼らは連日の訓練で忙しいにもかかわらず、昨日の終業後、夜を徹して運動場の整備をしてくれたんです。後からねぎらってあげてくださいよ」
「そういうことなら……仕方がない。ムキムキ魔人の性能評価試験にふさわしい
「はい。準備させております」
クレノ顧問はそう言って、50メートル先の地面に点々と肌色のバルーンを五つほど設置した。
「こちら、人型標的風船バルーンくん1号から5号です」
「むき~~~~っ!! なんでホンモノの魔物とかそういうのを用意せんのんじゃ!!」
「え、ホンモノの魔物? あぶないじゃないですか。王宮だって町だって近いのに」
「あぶないところを何とかするのが魔法兵器ってものじゃろう!」
「姫様には一度、リスクマネジメント研修を受けていただく必要がありそうですね……。リスクを持ちこまないことでしか事故は防げないんですよ」
「ふーんだ。クレノ顧問は理屈ばっかりじゃ!」
「あのですね、評価試験もろくにしていない魔法兵器なんです。どんな事故が起きるかわかりませんし、最初の試験はこんなものです」
それに、こんなバカバカしいことに大勢をつきあわせられない。……という本音を、クレノ顧問は封じこめる。
「このバルーン君、通常は空気を入れて使いますが、今回は砂を詰めて頑丈にしております。これを破壊できるということであれば、なかなかの攻撃力ですよ」
「では、この試験でクレノ顧問が納得いくような結果がでたら、ムキムキ魔人のランプを正式採用してくれるのじゃな?」
「もちろんです」
「
クレノ顧問とフィオナ姫は的から離れ、ランプから魔人を呼び出した。
そして、呼び出した魔人にフィオナ姫は命令する。
「魔人よ! バルーン君を五体、破壊してみせよ!」
魔人はうなずくと、猛ダッシュで標的に近づいていく。
そして、砂入りの革袋に向けてシンプルな右ストレートをくり出した。
どぱん! と重たい打撃音が響き、革袋が一瞬で破け、中に詰まっていた砂がいきおいよくあふれ出した。
いつも眠たそうな表情をしているクレノも、これには驚き、目を見張る。
「……うーん、確かにすばらしい攻撃力です。思った以上に敏捷性もあります」
「そうじゃろう、そうじゃろう!」
ムキムキ魔人はあっというまに五体のバルーン君を破壊し、戻ってきた。
「では、三つ目の願いを試してみるぞ!」
「ええ~、まだやるんですか?」
「当たり前じゃ。この兵器の見所は三つ目の願いにあるのじゃからな」
「やめたほうがいいですよ」
「なんで! やるったらやるんじゃ~!」
「はいはい。俺は言いましたからね」
クレノはため息を吐きながら、破壊された砂袋を片づけ、新しいバルーン君6号から10号を設置する。
「姫様、準備ができました!」
「うむ。では、魔人の力をとくと見よ。魔人よ、“
願いの力によって、ムキムキ魔人とランプを結びつける呪縛の鎖が切り離される。
文字通り自由となった魔人は歓喜の雄たけびを上げた。
表情は笑顔だが、目は笑っていなかった。
クレノはかつて、そういう目を見たことがあった。
魔法学校を卒業して以降、所属していた地方軍でのことだ。
王国の僻地で危険な任務につく地方軍には、田舎からやってきた純朴な少年兵がおおぜいいた。希望に満ちあふれ、きらきらと瞳をかがやかせた十代の若者たちだ。
しかし軍隊の過酷な訓練を経て、三か月後にはみんな殺人鬼の目つきになってしまった。
例外はひとりもいなかった。
魔人が浮かべているのはそういう目つきだ。
「さあ、魔人よ。攻撃本能の告げるまま、新しいバルーン君を打ち倒してみせるのじゃ! ——えっ?」
自由を得た魔人はバルーン6号のほうへと歩いていく。
しかし、途中でその歩みをやめ、こちらを振り返った。