「今日もはりきって魔法兵器を開発するぞ! 何しろ、我がヨルアサ王国にはシンダーナ神聖帝国の脅威がせまっているのだからな」
フィオナ姫は小さな拳をふり上げ、はりきって言う。
それを隣で聞いているクレノ・ユースタスはいささかうんざりしていた。
シンダーナ神聖帝国の脅威がせまっているだのなんだのはフィオナ姫の口ぐせみたいなものだ。
しかし、その発言の真偽については、王国軍人のはしくれとしていささか疑問があった。
「……それ、毎回言っていますけど、シンダーナ神聖帝国がウチみたいなどうでもいい国を狙っているなんて話きいたこともありませんよ。たしかな情報なんですか?」
クレノが不審げにそう言うと、プリンセス・フィオナは顔を真っ赤にして怒りだす。
「なにを言う! シンダーナ神聖帝国は我が国にいちばん近い軍事大国ではないか。いつかは攻めてくるに決まっておるわ。——えっ、いま、さりげなく我が国の悪口を言わなかったか? おまえ……」
「言ってません」
白々しく返事をすると、フィオナ姫は首をかしげていた。
ニワトリは三歩歩くとものごとを簡単に忘れてしまうというが、まったく、この姫は。
あきれながら、クレノは部屋の中心に鎮座した木箱を見やった。
「今度はまた、どんなしょうもない魔法兵器を作ったんですか?」
「しょうもなくないわい!」
箱の
おそるおそるカレーの容器を取り上げるクレノを、フィオナ姫は小さな鼻をつんと上向けて見つめている。
「自信作じゃぞ!」
「二度も言わなくてもいいんですよ、別にほめませんから。これ何なんですか?」
「むふふ。聞けば、そのアイデアのあまりな斬新さに女の子の前では無口になると噂のクレノ顧問もほめまくりたくなること間違いなしじゃぞ」
「イラっとしたので巻きでお願いします」
「ほしがるの~~~~! それは魔法のランプじゃ!」
「魔法のランプ……ってアレですか? 中から願いを叶える魔人が出てくるやつ?」
魔法のランプとは、『アラジンと魔法のランプ』に出てくるランプのことだ。
原典はアラビアン・ナイト、『千夜一夜物語』だと言われているが、言われているだけで証拠はない。しかしクレノ的には、千夜一夜物語よりも某ネズミの狂気と夢の王国からやってきた真っ青な大男のイメージが強かった。CVはもちろん山寺宏一。
こうしているあいだも、頭の中にはフレンドライクミーの軽快なメロディが流れていた。
「うむ。博識じゃな。さすが魔法学校出身なだけある。ランプを三回こすってみよ! 魔人が出てくるはずじゃ」
「ホンモノとは恐れ入りました。ですが、姫様。魔法のランプは道具であって兵器とは違います。魔人を呼び出せば願いを叶えてもらえますが、あまり大層な願いは叶えられませんし、何より三つしか叶わないんですよ」
「いいから、こすってみよ! こすればわかる!」
「ぐいぐい来るなあ」
「さあ、遠慮なく、ずずいっと」
今日のフィオナ姫はずいぶんはりきっている。
よほど自信があるのだろう。
仕方がない。これも顧問の仕事のうちだ。
まったく気は乗らないが、クレノは言われたとおり蓋つきカレー容器の腹のあたりを三こすり半した。
すると、容器の口から気持ち悪い紫色の煙が大量に噴き出した。
煙は床の上を覆いつくし、風もないのに巻き上げられて天井まで立ちのぼる。
そして、じょじょに人間の形を取りはじめた。
まず現れたのは足だ。
異様に筋肉が発達した下腿三頭筋と大腿四頭筋がお目見えする。
鋼鉄に直接彫りこまれたかのようにクッキリとした筋が走る両脚は、人間というより
続けて男は横向きに立ち、上半身を傾けてその腕を見せつけてくる。
まるで山岳地帯のように盛り上がった上腕二頭筋、さらにその上に異様に丸くふくらんだ、超高級夕張メロンのような肩が乗りあげている。
組んだ腕の間には、これまたさらにデカイ大胸筋が存在感を主張していた。
そのでかさははまるで巨大ロボの胸部装甲のよう。こいつの守護霊は連邦の白い悪魔で間違いない。
そして最後に、異様な笑みを浮かべたアラビアンな魔人の顔が現れた。
フィオナ姫が叫んだ。
「ハイ!! サイドチェストーーーーーーッ!!」
「そこまで絞るには眠れない夜もあっただろう!?」
「どうじゃ。これこそわらわ発案の最新鋭魔法兵器。『ムキムキ魔人のランプ』じゃ!」
フィオナ姫は魔人の隣でニヤリと笑っていた。
どうみても魔人が全身にまとっている肉の量は異常だ。世界チャンピオン並だ。
兵器の名前がクソださいのも、目の前に現れた大盛りの筋肉の圧がかき消していく。
「なんか……なんかデカくないですか!?」
「もっとほめてやってくれ!」
「仕上がりすぎなんですよ! ナイスバルク!」
クレノが話に聞いていた魔人というのはこんなに筋肉ムキムキではなかった。
魔人を実写化するなら絶対にウィル・スミスだ。しかし、これでは全盛期のアーノルド・シュワルツェネッガーしか演じることができないではないか。
「くふふのふ。クレノ顧問が驚くのもむりはない。これはただの魔法のランプではないのだ」
「どういうことです!?」
「実は、このランプはな。一つ目の願いはすでにお願い済なのじゃ。そしてその願いで魔人を限界、いや極限まで鍛えあげておる。見よ、この肌ツヤ! 腹筋などお父様の宮殿より広いぞ。極上もんじゃ!」
魔人は背中もスゴいぞと言わんばかりに、バックダブルバイセップスでみごとな広背筋を見せつけてくる。両側に広がる翼のような筋肉は、雄大なノルウェーの自然景を思わせた。背中にフィヨルド背負ってんのかい!
「魔人のランプはたしかに兵器としてはいまひとつじゃ。たとえば魔人に魔法の剣を出してもろうて、敵に斬りかかったとしても、進軍してくる敵軍になぎ倒されるのがオチ……クレノ顧問はそう言いたいのだろう」
「まあ、その通りです。現代戦は銃をたずさえ戦列を組んだ兵士たちがおこなうもの。魔法の剣も、十字砲火のまえには無力です」
「そこでわらわは考えた。だったら魔人を、一つ目の願いを使ってムキムキ超人にしてしまえばいいとな! そして二つ目の願いで迫りくる敵に攻撃させ、三つ目の願いで魔人を解放するのじゃ!」
「えっ……せっかく鍛えあげたのに解放しちゃうんですか?」
「どのみち、魔人を鍛えあげたあと使える願いは残り二回じゃ。敵に二回攻撃をしかけてもよいが、それよりも、じゃ。攻撃本能を上昇させた魔人を自由にし、戦場に放ったほうがおもしろいことになるとは思わんか?」
「なんて邪悪な……アラジンだったら絶対しない願いだ……」
「覇道には犠牲も必要なのだ。がはは!」
やたら笑いのレパートリーが広いフィオナ姫は姫として一番やってはいけない笑い方を披露している。よほど今度のプランに自身があるらしい。
なぜなのかは、クレノにはわからない。
というかクレノには、これまで姫君の考えがわかったためしがなかった。なにしろ、フィオナ姫のアイデアには大抵、あきらかな欠陥がふくまれているからだ。
「姫様、実戦には何個……いや何体の魔人を配備なさるおつもりですか?」
「うむ、すでに百個ほど用意しておるぞ」
「奮発なさいましたね。しかし、百体の魔人を兵士とする案、私はあまり賛成できません。まず百体の魔人をランプの外に出すには三百回もランプをこすらないといけません」
「ま、まあそれは手間じゃが、百人でひとつずつ持てばよいのではないか? それなら一手間ですむし、百人の兵隊がたちまち二百人じゃ! しかもムキムキ!」
「ムキムキなのは半分だけでしょう」
魔人はモストマスキュラーのポーズでこちらを見つめている。
表情は笑顔だが、その瞳は……なぜかフィオナ姫を見ていた。
姫様をランプの主人として認識しているのだろうか。
こすったのはクレノなのに、である。
話しながらさりげなく位置を移動すると、魔人はやはりフィオナ姫を見ていた。
見ている、というか、その瞳には怒りや憎しみのような
「……それにですよ、フィオナ姫。魔人は兵士ではありません。訓練を受けているわけではないので、隊列を組むこともなければ、銃もろくに使えません。筋肉以外はずぶの素人に兵士働きはムリですよ」
「むっ。言うではないか。では、護衛として使えばよかろう!」
「なるほど。そういうのはアリかもしれません」
銃が使えないのは難点ではあるが、分厚い筋肉は肉の盾になってくれるかもしれない。それだけの説得力のある肉体だ。
「と、なると運搬方法が問題ですね」
「ゴシュジンサマ、ネガイヲドウゾ」
「これは願いじゃないが、いったんランプに戻ってくれ」
そう言うと、魔人はあからさまに不機嫌な表情になり「チッ」とデカすぎる舌打ちとともにランプに戻って行った。
「え……何あれ、傷つく……俺が悪いのか……?」
「安心せい、クレノ。魔人たちみ~んなあんな感じじゃ。態度が悪いんじゃ」
クレノは気を取り直してムキムキ魔人の護衛としての運用方法を検討する。