王国歴435年、
朝6時、クレノ・ユースタスは高らかなラッパの音と共に起床した。
隊舎にすえつけられた小さな鏡にはボサボサの黒髪と琥珀色の寝ぼけ
寝台から抜け出て、地方軍の黒い軍服にそでを通した。
新しい制服は採寸しただけでまだ届いていない。
襟もとの徽章だけが現在所属している局のものだ。
徽章のデザインは二つの歯車が平行に重なったもの。
二つ歯車は『魔法兵器開発局』を象徴するエンブレムだった。
これを見るといつも全身がむずがゆいような気持ちになる。
身支度を整え、朝7時、朝食を摂ってから隊舎を出る。
朝8時、『魔法兵器開発室』と書かれた部屋に入る。
それが、クレノ・ユースタスの現在の仕事場である。
年季が入った建物は学校の旧校舎を思わせる。
古くさく、埃くさくもある部屋で引き継ぎをすませ、本日の予定を確認。机に積まれた郵便や届いた報告書に目を通した。
だけどまだだ。
まだ、一日がはじまったという実感はない。
頃あいを見はからい、部屋を出て、きしむ階段を登り、三階奥の一番広い部屋へと向かう。
扉の前にはバカみたいにカラフルな字で『フィオナのお部屋』と書かれている板が下げられている。
朝9時。懐中時計を確認し、一秒の遅れもなく扉をノックする。
すると、中からいちだんとやかましいウグイスみたいな声が聞こえてくる。
これは悪口だ。
「おっそーーーーい! 待ちくたびれたぞクレノ顧問! 入れ!」
扉を開くと、部屋中にアホみたいなピンク色のじゅうたんが敷き詰められているのがみえた。
その真ん中に好奇心にキラキラ輝く青い瞳と、朝日をたっぷりと浴び、金色の髪をなびかせた十四歳の美少女が立っている。
「おはようございます、フィオナ・エーデルワイス・ヨルアサ殿下。本日もご健勝のようす、何よりと存じます!」
「わらわとそなたのあいだに堅苦しいあいさつは不要じゃ。クレノ・ユースタス顧問——さあ、今日も、ヨルアサ王国の命運を賭け、魔法兵器を開発するぞ!」
魔法兵器開発局などという地味かつ地味な職場に、華やかなドレス姿の少女がいる。
その存在はまるでつぼみから開いたばかりの花のようだ。
これは嫌味でもなくなんでもなく、本当にそう思う。
はじめて会ったときからそうだった。
この少女には何か不思議な力がある。停滞や退屈をふりはらい、未来を創造し、物事を前進させていく未知のエネルギーがある。
彼女がいるからこそ、魔法兵器開発局に明日は来るのだ。
「本日、クレノ顧問に披露する新しい魔法兵器は……『ムキムキ魔人のランプ』じゃ!!」
「————なんて?」
「自信作じゃ!!」
訂正。前言撤回。
フィオナ・エーデルワイス・ヨルアサ一応殿下は魔法兵器開発局のいらない子である。