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拾陸:結び

「あ、来た」

 博物館の正面でエレクトラムが待っていたのは、〈人間〉の友人、烏良 紅太うら こうたと……。

「どうもぉ! 噂の魔法使いさんですね?」

「おお……。そうです。えっと、貴石きせき族のラブラドル エレクトラムです」

「日本式の名乗り方をどうも! 僕は慈琅じろう紅太こうたくんの雇い主になる予定の幽霊です!」

「わ……」

 糸目、口角の上がった口、白い歯、オシャレなスーツ、高そうなウールのロングコート、黒い艶々な長い髪は低い位置で一本に結んでいる長身の男性。

 一方、紅太こうたはサイズの合っていないジーパンにチェックのネルシャツ、オレンジ色のパーカーに紺のピーコート。

 まるでちぐはぐな二人に、エレクトラムは苦笑いするしかなかった。

「ね⁉ 反応に困るでしょ⁉ どうしたらいいと思う、エリー」

「えっと……、じゃぁ、紅太こうたは気持ちを落ち着かせるために喫茶室に行っておいで。珈琲一杯分は払っておいたから」

「え、で、でも……」

紅太こうたに現れた霊能力については、落ち着いてから話そう。とりあえず、まずは慈琅じろうさんの話を聞いてみるよ」

「それが良いと思う! 紅太こうたくんも、友達から説明を受けたほうがわかりやすいだろうし。それに、僕も魔法使いさんのほうが能力を説明しやすいし」

「えっ……。ふ、二人がそう言うなら……。じゃぁ、珈琲飲んできます……」

 少し不満そうな紅太こうたの縮こまった背中を見送りながら、エレクトラムと慈琅じろうは館内へと入って行った。

「博物館の中っていいよねぇ。僕、好きなんだ」

「私もです」

 慈琅じろうは静謐な空気の流れる館内を見渡した。

「でも、話をするのには向いてないんじゃ?」

「大丈夫ですよ。今は二十時。開館前ですから」

「ああ、だから待ち合わせの時間を早めたのか。君は抜け目ないね」

 糸目を一瞬見開き、また細めて微笑んだ慈琅じろうに、エレクトラムも微笑んで見せた。

「いえいえ。何から話しましょうか」

 空気が変わる。

 エレクトラムの優しい声色に、慈琅じろうはふっと短く息を吐いた。

「……君は優しいね。違和感に気づいているのに、言わないでくれている」

「ご自身から話してほしいので」

 慈琅じろうは小さくため息をつき、観念したように笑った。

「ああ、そうだよ。僕はただの霊能者じゃない。それに、退魔師とか、そういう類でもない」

 エレクトラムは静かに頷きながら、慈琅じろうの言葉に耳を傾けた。

のろいで命を失ったっていうのも、嘘なんだ」

 二人は階段を上り、踊り場にあるベンチに腰かけた。

「自分の意志で手放したんだよ。命をね」

 悲しそうに微笑む顔。

 エレクトラムは、彼が負った傷をこれ以上広げないためにも、事実だけを問おうと、そっと口を開いた。

「では、あなたは……」

「そ。〈結弥屋むすびや〉ってわけ」

「魂魄を結合している〈糸〉のようなものを結ぶ人……、ですよね」

「うん。その〈糸〉にも臓器移植みたいにさ、適正って言うのがあるんだよ。前世とか今生こんじょうでの生き方とかでね」

「そこらへんで浮かんでいる幽霊なら誰でもいいってわけではないんですね」

「その通り。貴石族は話が早くて助かる」

 通常、幽霊は魂魄を繋いでいる〈糸〉がさ迷っている状態のことを指す。

 死ぬと人間はまず魂が抜け、死後の裁判のために一度地獄へ行く。

 はくは徐々にその力を失い、身体が腐敗し始める。

 そのとき、繋いでいた〈糸〉は純粋なエネルギーの塊として残り続ける。

 自然に次の命の元へ紡がれる〈糸〉もあれば、さ迷い続け、幽霊となってしまう〈糸〉もある。

 そのさ迷っている〈糸〉を、今まさに死にかけている人の魂魄の継ぎ目へと移植し、延命させるのが〈結弥屋むすびや〉の仕事なのだ。

 ただ、誰でも彼でも延命させるわけではない。

 結弥屋むすびやが『この人物はまだ死ぬ予定ではない』と感じ取った対象を延命させるのだ。

「人間は幽霊と聞くと魂がさ迷っていると考えるらしいんだけど、それは違うんだよね。魂だけで動けるのは高次元の存在。多次元波長ってことになるから、いわゆる天使とか悪魔、妖精、精霊、はたまた神と呼ばれる存在のことだね」

「なるほど」

「若い魔法使いも知らないかもね。僕の職業はかなり古めかしいものだから」

 慈琅じろうは大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出した。

「妹がさ、もう長くないって言われて。昨日、何度も意識不明に陥った」

 窓の外に、雪が降り始めた。

「探したよ。街中を何時間も。でも、見つからなかったんだ。妹に適合する〈糸〉が」

 窓のふちに降り積もり、景色を彩っていく。

「でも、灯台下暗しってよくあるよね。僕のが完璧に一致することがわかって、すぐに移植した」

 エレクトラムの中で生まれていた疑問が、確実なものに変わって行く。

「君の考えていることはわかる。だって、正解だもの」

 慈琅じろうは立ち上がり、白く染まる窓の外を見ながら言った。

「天使は難しい。妖精は種族が違う。精霊は自然のもの。神はそもそも無理。だから……。だから、僕は、君たち魔法使いが言うところの、〈悪魔〉になることを選んだ」

 エレクトラムの胸に、重く鈍い痛みが走った。

「この仕事、結弥屋むすびやは特殊だ。有名ではないけれど、絶対になくてはならない仕事。後任も育てていないのに、死ぬわけにはいかなかったんだ」

「〈糸〉を取り出す前に、契約したんですね」

「その通り。僕は十字路の悪魔に魂を売り渡した」

 十字路はつじが集まった、いわゆる魔物たちの出入り口。

 そこならば、誰でも悪魔を呼び出すことが出来る。

 方法さえ知っていれば。

「今目の前にいるのは、はくだけで動いている悪魔の慈琅じろうさんなんですね」

「呑み込みが早いね。日本では古来より、魄だけで動く存在のことを〈おに〉と呼ぶんだ。悪魔とは性質が違うから、厳密に言えば僕は鬼ではないけれど」

 そう言うと、慈琅じろうは髪をかき分け、二本の角を見せてくれた。

「まだ小さいけどね」

「で、でも、じゃぁ……、なんで紅太こうたなんですか? どうして後継者に……」

「それは、僕を救ってくれたのが紅太こうたのお爺さんだからだよ」

 まるで時間が停止したように、間が開いた。

 エレクトラムは目を見開き、慈琅じろうを見つめて言う。

「え……! し、知りませんでした」

「家族の誰も知らないと思うよ。彼の仕事は極秘事項だったから」

「と、いいますと……」

「千代田区の中央付近にその謎を解くカギがある、と言えば、察してくれるかな?」

「……ええええ!」

 千代田区の中心にあるものと言えば、それはもう……。

「これ以上は話せないんだ。ちなみに僕はフリーの結弥屋むすびやだったから、その辺のしがらみは無いよ」

「日本にはいったい何人の結弥屋むすびやがいらっしゃるんですか?」

「ううん、どうだろう。そのほとんどはその、ほら、話せないって言った場所の所属だからわかんないけど、フリーで働いているのは十人くらいだと思う」

「そうなんですね……」

 エレクトラムは思っていたよりも重大な秘密を知ってしまい動転した。

「あと一年待てば移植用の臓器が手に入るけれど、それまで命がもたないかもしれないって患者さんの家族からよく連絡があるよ。どうやって調べているのかはわからないけど」

 エレクトラムは深呼吸をして気を落ち着かせ、真剣に話を聞き続けた。

紅太こうたはさ、才能があるんだよ。血がそれを証明している。なのに、術を伝えるはずだったお爺さんが仕事中の事故で亡くなってね。紅太こうたは何の変哲もないただの〈人間〉として生きることになってしまったんだ。本当なら、偉大な結弥屋むすびやになれるのに」

 慈琅じろうは再び席に着くと、自身の、結弥屋むすびやだった手を見つめながらため息をついた。

「でも、紅太こうたから聞いた話では、何か飲み物を飲まされたとかって。それで霊が視えるようになったって言っていましたよ」

 エレクトラムの言葉に、慈琅じろうは顔を上げて笑った。

「あはは。ちょっと強引だったかもね。能力を自覚させるには、強制的に引き出すしかなくってさ。飲ませちゃった」

「えええ……」

 まったく悪びれていないのは、倫理観などを失った悪魔の状態だからなのか、それとも元々の性格のせいなのかがまったくわからない。

「だからさ、エレクトラムくん。紅太こうたを説得するの手伝ってくれない?」

 エレクトラムは頭の中で友人の人生と目の前にいる人物が教えてくれた事実を巡らせながら、心から唸った。

「え、ううん……。一応、話してみますけど……」

「彼には生き甲斐が必要だと思うんだよね」

「それはそうですけど」

「じゃぁ、さっそく話しに行こう!」

「え、ちょっ」

 エレクトラムは慈琅じろうに腕を掴まれ、そのまま引っ張られて行ってしまった。

 この後、紅太こうたは素っ頓狂な声を上げながら、二杯目の珈琲を太ももにこぼして泣く羽目になるが、それはまた別のお話……。


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