「いやぁ、大盛況、大盛況!」
先週から二週間の日程で行われているのは、国内外で活躍する若手アーティストの作品展示会。
販売会も兼ねているので、購入希望者は作品名と金額を記入した紙を指定の箱に入れ、最高額を付けた人に後日
そこで入金すれば売買成立となる。
この購入方法は、
それに、展示中の作品に「売約済み」という札を貼るのは美しくないというのも理由の一つだ。
「作家さん達も楽しんでいるみたいですね」
今日は珍しく少し綺麗めのジャケットを着ているエレクトラムは、シャンパンを乗せた銀のトレイを持ちながら
「自分の作品を熱心に評価してくれる人に出会えるチャンスだからね。是非とも素晴らしいパトロンと出会ってほしいよ」
「オーナーも買うんですよね?」
「もちろん! もう五枚くらい入札用の札を書いたよ」
「おお、さすがですね」
「ラブラドル君も何か展示してみればいいのに」
「いやいや。私が発掘してくるもののほとんどは呪物ですよ? 解呪したとしても、人間に売るのはちょっと気がひけます」
「そうかなぁ。素敵だと思うんだけどなぁ」
こういう催しが開かれるたびにエレクトラムを誘っている。
「素敵なものを掘り当てたらそうします。じゃぁ、私はそろそろ館内の巡回に戻りますね」
「うん。よろしく」
普段、こういった展示会の時はウェイターにはならないのだが、アルバイトの一人が高熱で休むことになり、急遽エレクトラムが助っ人に入ることになったのだ。
「ふぅ。ジャケットは肩がこるなぁ」
エレクトラムは休憩室へ行き、いつものカーディガンに着替えると、一階と二階の巡回へと戻った。
ほぼ無臭の館内を歩いていると、いつもとは違う香りが自分の身体から漂っているような気がして顔を顰めた。
「なんだか顔の周りがシャンパンくさい気がする。珈琲休憩とっちゃおうかな」
エレクトラムは喫茶店へ向かい、マスターに頼んで持ち帰り用の紙カップに珈琲を入れてもらった。
珈琲の香りには、鼻に残った
正面出入り口から外へと出て、晴れた寒い冬の夜空の下、白い息を吐きながら珈琲を飲んだ。
「都会は明るい」
前の道路を行きかう車のライト。
少し離れた場所には巨大なビル群。すべての電気が消えている光景は見たことが無い。
エレクトラムが生まれ育ったアヴァロン島とは大違いだ。
「移り変わる季節はとっても好きだけれど、夏の暑さだけは慣れないなぁ」
アヴァロン島は基本的に寒い。
若干の春はあるが、夏という気候は存在しない。あっても、日本でいう所の初夏くらいの気温。
そういう環境で育ってきたので、エレクトラムは寒い方が得意だ。
白い息を吐き出し、冷たい空気を胸いっぱいに吸い込む。
「戻るか」
エレクトラムは飲み終えた珈琲のカップを博物館の外に備え付けてあるゴミ箱に捨てると、館内へと戻って行った。
「一度封鎖いたします! ご気分のすぐれない方はすぐにお申し出ください!」
三階から大きな声が聞こえてきた。
急いで階段を上って三階の展示室前へ行くと、そこには動揺した来館者達と、困った顔をした
「どうしたんですか?」
「おお! 待っていたよラブラドル君!」
「え、一体何が……」
「それがね……」
「ああ、そういうことですか。では、解呪を……」
「や、やめてください!」
そう叫んだのは、作者の女性だった。
「でも……」
「私、実家が陰陽術師の家系で……。あの
エレクトラムは泣きながら訴えてくる作者に
「私、さっきまでウェイターをしていたのですが、まさか呪物だなんて気付きませんでした」
「あ、ああ……。それは私が絵のそばにずっと立っていたからです。買ってくれた人にだけ、
「なるほど」
思ったよりも用意周到だったようだ。
「だって、アーティストの間ではこの〈二十一時の博物館〉は夢への懸け橋として超有名ですし、それに、魔法使いが働いているのも知っていたので……」
「だから必死に隠したんですね」
「そうです。呪物だとわかったら、きっと置いてもらえないだろうと思って……。今回の展示会はやっと巡ってきた大きなチャンスなんです! 失敗したくないんです!」
「そ、そうですよね」
しかし、他の来館者に被害が及ぶのはとても困るし、
エレクトラムは泣きじゃくる女性の横にある絵を見つめ、小さくため息をついた。
たしか、とても美しいフランス人形を抱いた少女の絵、だったはず。
それが今は血の滴る大鎌を持ったフランス人形の絵に変化している。
「これ、出て来たりします?」
「夢には出ますが、こちらの世界に出て来ることはありません」
「そうなんですね」
夢に出てくるのも正直どうかとは思うが、それも含めて
「
作者の女性はハッとした顔をしてうつむき、黙ってしまった。
「芸術は万人受けするものというよりは、個人で向き合い、その価値を自分自身の中に見出して愛していく、というのはわかります。でも、安全は万人にいきわたらなければなりません。ここが博物館である以上、それをないがしろには出来ないんです」
女性は鼻をすんすんと鳴らしながら、ゆっくりと頷いた。
「解呪はしませんが、キャプションへの
女性は顔を上げ、自身の作品を見つめながら、大きく一度頷いた。
一週間後、なんとか無事に展示会を終え、購入希望の用紙が入った箱を開けてみると、溢れて床まで雪崩れてしまうほどの紙が入っていた。
「すごい! 前回よりも多いぞ!」
「あの
学芸員たちは「もうくったくただよ。あの絵の説明、何度したことか」と、休憩室のソファで溶けたように座っている。
疲れているところを何とか奮い立たせ、全員で集計すること一時間。
「展示してあった作品全部に購入希望があるぞぉ!」
この二週間、慣れない接客をしながら博物館の通常業務もこなしていた学芸員たちは、力の抜けた声を出しながらも、大喜びしている。
「頑張った甲斐があった」
「これで全員有名になったら嬉しいよなぁ」
「誰かの夢が叶う瞬間ってどうしてこうも嬉しいんだろう」
「だからこういう展示会って疲れるけど嫌いになれないんだよねぇ」
「つい頑張っちゃうよな」
「そうそう。ああ、今日はよく眠れそう」
「俺は論文あるから寝れないけど」
「私もだ」
他愛のない雑談の中にも、達成感があふれている。
そのくらい、〈二十一時の博物館〉にとっても大事なイベントなのだ。
「あの作品も購入希望があってよかったですね」
「本当だよ、ラブラドル君! 七人も購入希望者がいるよ」
「わぁ、作者さんも喜びますね」
「うんうん!」
「それで、オーナーは買えそうですか?」
「今回は無理そうかなぁ。お客様の方が何枚も上手みたい。ああ、欲しかったなぁ」
いつもは一作品か二作品は購入出来ているのだが、今回はどの作品にも夢のある価値が見出されており、手が届かなかったようだ。
「嬉しい悲鳴だね」
「そうですね」
薄暗かった空に、太陽の光が輝き始めた。
ただ、今目の前にある夢の方が眩しくて、エレクトラムはそっと微笑んだ。