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第1話 クラスメイト璃琥との再会

人混みの中、僕は横断歩道を渡ろうとした。メニューを抱えた飲食店の従業員が店頭で客引きをしている。人から声をかけられるのは苦手だ。


足早に通り過ぎようとしたとき、大きな手が僕の腕を掴んできた。びっくりして相手のほうを振り返ると、金髪で整った顔立ちの男性が立っていた。


「優希、俺のこと覚えてるか?」


僕の名前を口にした相手をよく見ると、学生時代に遊んでいた璃琥だろうと見当がついた。


彼は学生時代からおしゃれな奴だったけれど、相変わらずのようだ。ファストフード店のアルバイト代で高級な香水を買ったときも、ふんわりと香るように上手につけていた。髪もカラフルに染めて、いつもおしゃれに隙が無かった。


当時の彼は放っておけない危うさを感じられて、本当によく会っていた。2人で世間話しをしていたら、突然璃琥が自室の物を壊しだして鏡を叩き割ってしまったことがある。


それからどう接して良いのかわからなくなり距離をとるようになった。連絡することもなかったけれど、喧嘩別れをしたわけでも無い。この再会は僕にとって嬉しいことだ。


「髪を編み込みにしたんだね、璃琥だとわからなかったよ。目元が少し、優しくなったような」


「バンドをやってるからファッションはしょっちゅう変える必要があってな。似合ってるなら嬉しいけど、すぐ別のに変えるだろうな。部屋は服で溢れてる」


「そう言えば学生時代も、歌手になるって言ってたね」


「10代の時は有名になりたかった。今は本業がバーテンダー、バンドはセミプロ活動、格闘技で運動不足解消って感じだ。色々環境も変わったことだし、近いうちにメシでも食おうぜ。良かったらうちの店に来いよ。俺の作ったもので良かったら振る舞ってやるから」 


あの香水の匂いはしなかった。飲食店勤務なんだからそれが自然だ。僕は人恋しさから即答で食事の誘いに乗ってしまった。


璃琥は近くのダイニングで働いていて、週に1度だけ自分のお店を間借りで営業しているそうだ。


本格的なヨーロッパ料理には僕も興味がある。お店の雰囲気や璃琥の働きぶりを見るのが楽しみだ。


璃琥との共通点として芸事への強い関心がある。彼は繊細な側面が見られたものの、絵を書くのが上手だったし、楽器の演奏も上手い。そして彼は、格闘技まで器用にこなしていた。楽理なら少しわかるので、音楽の話しをよくしていた。


僕の家系は芸事に長けた一家だ。舞台女優の妹、ジャズピアニストの母、ジャズギタリストの父。


芸を磨き上げてきた家族の中で、事務員という平凡な人生を歩む僕の立場は弱い。QOL重視で偏りのないスキルアップを心がけてきた、といった理屈なんて通じない。


どんなに世の中から認められたって、芸事が出来なければ家族から褒められることは無いだろう。


僕の家系は台湾ルーツで、両親はチャイナタウンの近くに住んでいる。それもあって僕は外国ルーツの人と仲良くなりやすい。


初詣もチャイナタウンの廟に友達と行くのが恒例だった。1人暮らしを始めてからは、その友達と会う機会も減ってしまったけれど。


璃琥との再会が楽しみで、むかし彼と撮ったツーショット写真を探した。


ネットのフォトフォルダはティーセットや観光地の写真でいっぱいで、学生時代に撮った1枚を見つけるのには時間がかかった。


すでに時間は平日の深夜。ゆとりなんてまったく無いのだけれど、一心不乱に思い出の写真を探した。


久しぶりに見た10代のあいつは憎たらしいほど格好が良かった。少しにやけ気味の顔に、カラフルなファッションコーディネート。


僕からしたら、うわって引いてしまいそうになる。だけど女子の目線で見れば、きっとめまいがするような魅力なのだろう。


写真に写る彼は、ゴールド、シルバー、ターコイズ、オレンジ、イエロー。そんな難易度の高いカラーを器用にコーディネートしていた。


そんな彼とぎこちなく肩を組んだツーショットは、なんとも不釣り合いで不自然な印象だった。


翌日寝不足の状態でタイピングをしていると、時間の流れがとてつもなく長く感じた。


今日だけイヤホンで音楽を聴かせて欲しい。


そんな切実な祈りもむなしく、ただランチタイムを待っていた。

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