「やめたらよくね?」
れんさんの声が、頭の上からふわりと降りてきた。
頭の上には彼の顎が乗せられている。
話すたびに彼の声が頭に響いて、振動が伝わる。それが妙に心地よくて、安心する。
仕事帰り、れんさんに思わず泣きついたら、心配してすぐに家まで駆けつけてくれた。今日あった出来事を話すうちに、気づけばこんな風に彼の腕の中にいる。
「いやいや…簡単に言うけど、そんなに簡単に辞められないよ。せっかく入った会社だし、辞めたら私なんかを雇ってくれるところなんてないし…」
自分でもわかっている。言い訳じみた言葉を繰り返していることを。でも、それを止めることができなかった。
「んー、そんなんいくらでもあるだろ」
れんさんはあっさりと言い切る。
そんな言葉が、どうしてか胸に染みてくる。彼と話していると、今まで重くのしかかっていた悩みが、どんどんちっぽけに思えてくるから不思議だ。
気づけば胸に顔をうずめていた。
「スー…」と、思わず深く息を吸い込む。れんさんの匂い。いつもの優しくて落ち着く香りが広がって、涙が少し滲んだ。
「ほら、焦らなくていいだろ。辞めたきゃ辞めればいいし、別に今すぐじゃなくたってさ」
ぽんぽん、と背中を軽く叩かれる感触。
「れんさんは、簡単に言うけど…」
「簡単だろ。紗菜が嫌ならやめればいい。それだけのことじゃん」
そうだ。たったそれだけのこと。れんさんの言葉は、どうしてこんなにも私の心を軽くするんだろう。
彼の腕の中にいると、全部の問題がどうでもよくなる。
「もう少し…こうしてていい?」
「好きなだけいろ。俺の腕が限界になるまではな」
少し照れたように言うれんさんに、私は思わず笑ってしまった。
れんさん、だいすき。