2週間ぶりの出勤日。
職場のすぐ近くまでれんさんが付き添ってくれたおかげで、どうにか一歩を踏み出す勇気が湧いた。
受付で入館証をスキャンし、久しぶりに制服に袖を通す。布地の感触がどこか硬く感じられ、胸の奥がざわつく。
化粧品コーナーに着き、深く息を吸ってから声をかけた。
「おはようございます。体調不良で休んでしまい、申し訳ありませんでした」
だが、返ってきたのは冷ややかな視線と沈黙だけだった。フロアに漂う張り詰めた空気に、全身がこわばる。
(え……どうしてこんな雰囲気に?)
気を取り直して業務に集中しようとした矢先――
「橘さん!」
チーフの鋭い声がフロアに響き、周囲の視線が一斉にこちらを向いた。
「ちょっと来て」
チーフは指で合図しながら、私を促す。無言の圧力に逆らうこともできず、足を引きずるように後を追った。
案内されたのはバックヤードの階段近く。薄暗く、冷たい空気が漂うその場所は、まるで罰を与えるための特別な空間のように思えた。
「なんでしょうか……」
か細い声で尋ねると、チーフが鋭い目つきで私を見据えた。
「橘さん、あんたさ、どういうつもり?」
冷たい一言に、息が詰まる。
「2週間も休んでおいて、どの顔して『おはようございます』なんて言ってるの? 先輩たち一人ひとりに謝罪のLINEくらい送るのが常識でしょ? まさか何もしてないなんて言わないわよね?」
刺すような言葉が次々と浴びせられ、頭の中が真っ白になる。何も言えない私を見て、チーフはさらに追い打ちをかけた。
「普通さ、復帰するときは菓子折りのひとつでも持ってくるものよ。それもないし、休んでる間も報告ゼロ。ほんと非常識よね」
「申し訳ありません……」
やっとの思いで声を絞り出す。
「謝れば済むと思ってる? 周りがどれだけあんたの尻拭いをしたかわかってるの? 少しは考えなさいよ!」
視線を落としたまま「申し訳ありません」と繰り返す以外、何もできなかった。話はそれで終わったが、胸には冷たいしこりが残る。
その後の勤務中、先輩たちとの会話はほとんどなく、必要最低限のやりとりさえ避けられているようだった。話しかけようとタイミングを伺っても、気づかないふりをされる。笑い声が聞こえるたび、自分だけが切り離されたような孤独感に胸が締めつけられた。
その日は終始、透明人間になったような気分だった。
勤務後、再び頭を下げて職場を後にし、家に帰るとすぐに先輩たち一人ひとりに謝罪のメールを送った。内容を何度も書き直すたびにため息が漏れる。
疲れ果ててベッドに倒れ込むと、天井を見上げながら思わず呟いた。
「仕事、やめたい……」
その一言が、自分の本心だと気づいた瞬間、静かに涙が頬を伝った。